おもしろく読めるだけの作品だとずっと思ってきたのですが、
もしかして、私の「好きになり方」と似てるかも…と
気付いてしまったのですよ。ぞぞー。
例えば…
えーと、ここでサッカー選手を持ち出すと生々しいので…
GATSBYのCMで踊る木村拓哉さんと、
家庭でお子さんと遊ぶ木村拓哉さんの「実体」とは、
どちらが本物の「木村拓哉」でしょうか?
…? どっちも?
ほとんどの人は、テレビの中の「木村拓哉」が好きなのだと
思うのだけど、熱狂的なファンにとってはどうだろう?
この作品では不変の「由良子型」の存在が提示されており、
プラトンの思想に照らし合わせた谷崎の女性観がわかる、
というところが重要なポイントなのでしょうけど、
哲学サイドからの検証をするには、まだまだ力不足なので、
これは置いといて。
中田は映画監督という特殊なポジションにいたおかげで、
妻としての由良子も、女優としての由良子も、どちらも
知り得たわけです。彼女を独占できていたはずだった。
だけど、青塚氏の存在によって、「由良子」を独占している
と思っている人間は日本中にたくさんいることを知った。
「相手を独占したい」という気持ちは、ごくごく自然であり、
わざわざ疑ってかかるほどのものでもないと思うのですが、
中田は由良子の「実体」を独占できていたにも関わらず、
なぜ由良子を青塚氏に奪われた気になってしまったのでしょう。
今の私には、まだわかりません。これからの課題です。
青塚氏にとっての「由良子」とは、
「第一夫人で、本妻で、愛玩物で、神様以上」だそうです。
ほほぉ、なるほど。これは次へつなげていかねば。