またまた脱線しちゃってスミマセン足あと


1週間、帰省してきた。


私の実家は山形県酒田市というところにある。

東京からのルートは2つ。

つばさルート(山形新幹線つばさ+陸羽西線)と、

いなほルート(上越新幹線とき+特急いなほ)だ。

今回は、行きはつばさルート、帰りはいなほルートにした。

だいたいいつも大宮から乗るのだが、4時間はかかる。

つばさルートは、新幹線3時間+在来線1時間。

いなほルートは、新幹線2時間+特急2時間。

山形は、けっこう遠いのだ。


ならば羽田空港から庄内空港まで飛んでしまえばよいのだが、

私は飛行機が嫌いなので、いくら50分で着くと言われても

なるべく乗りたくない。まだ一度しか乗ったことがない。


この4時間をどう使うかは、その時によってまちまちだが、

本を読もうと思って持ち込んでも、大概は寝てしまう。

平均して1時間は寝ているだろうか。もったいない。

では残りの3時間で何をしているかというと、読書ではなく、

考えごとをしている。


学生の頃は、帰省とは「家に帰る」ことだった。

都内に住んではいたけど、そこの地域住民だという自覚は

全く無く、文字通り「間借り」している感覚で生きていた。

社会人になって数年経った頃から、帰省の意味が変わってきた。

実家とは、「帰る」ところではなく、「行く」ところ。

お盆と正月には必ず帰省しているから、行為そのものとしては

あまり変わりはないのだけど、自分の感覚が変わったように思う。


半分「客人」のつもりなので、母の手伝いなど全くしない。

だからいつも父に叱られる。


だけど、自画自賛じゃないけど、私にとってはこの

「帰る」から「行く」という感覚の変化は、とても大きなことで、

つまり「成長の証」「親離れした証」として捉えたい。