3週間の夏スクーリングもついに終了。
長かったような、短かったような。
いやはや暑かった~ 晴れ でも教室内は冷房で寒かったり ペンギン...


3週目のゼミ形式の授業では、
「近現代文学における恋愛」というテーマでグループ討議。
大変だったけど、おもしろかった。みんなどうもありがとう。


「恋愛」という言葉を目にすると、変にラブリーなイメージが
沸いてきてしまって抵抗のある人もいるかもしれないけど、
今回の授業を通じてわかったことは、


「恋愛」とは
人間同士の関係のひとつを表す言葉に過ぎず
けれども多種多様なスタイルがあって
定義など出来るようなものではなく
つまりは多種多様な人間同士の関係の総称である


ということだった。


私が担当した作品は、いわゆる「男娼」を扱ったもので、
内面は女だが外見は男である「彼女」と、
彼女をどうしても受け入れることの出来ない「私(男)」との
関係は、はたして「恋愛」と呼べるのだろうか?
というようなことを話し合った。


このような、一見ちょっとフツーでない関係が描かれている
文学作品は、普段は気にも留めないようなことについて
考えるキッカケを与えてくれる。


さらに、一見フツーでないような関係のようでいて、実は
私が日頃抱えている問題と大して違わないことが
透けて見えたりするから、文学は不思議だ。


正直に言って、私はこの関係が恋愛なのか恋愛じゃないのか、
という問いの答えについては、全く興味が無い。
そもそも「恋愛」という言葉の定義が出来ていないのだから、
無理な話である。


無理なのだけれど、どの作品にも共通した疑問を抱いた。

それは、
「なぜ主人公は、この相手に惹かれるのか?」
という疑問だった。


どうせ体も心も満たしてくれない…とわかっている人のもとに、
なぜ会いに行ってしまうのだろう。


例えば
「散々暴力をふるった夫のもとに、なぜか戻ってしまう妻」
といった関係も、私には疑問なのだ。