初めまして♪ まー♪です。
twitterでツィートした中で、まとめてみたい”想い”を展開してみようと思っています。
なので、過去日付に飛んだり、こっそり記事内容が変更されたりする事もありますのでご注意を。
のんびりゆったり更新します('-^*)/
【ロゴセラピー私論~私とフランクル~】
先日(1/29)に、浦安で開催された京葉カウンセラーズ 主催の「ロゴセラピー私論~私とフランクル~」に参加してきました。 講師は河野明さん。 穏やかで優しい雰囲気の方です。
河野さんは京葉カウンセラーズのメンバーで、この春に海外に赴任される、との事で今までのまとめとして、本講演を行われる、との事でした。
講義は13時半~17時まで開催されたのですが、中々内容の濃い、大変私のためになるセミナーでした。
内容をかいつまんで説明すると、下記の流れで講義は進みました。
1)なぜ今フランクルなのか
2)ロゴセラピーの基本概念
3)ロゴセラピーの技法
4)グループディスカッション
※以降、河野さんご講演資料からの抜粋です
1)なぜ今フランクルなのか
・同時多発テロ、東日本大震災を経て、不安心理が蔓延している今。
不安にどう対処していくのか=信じるものを見つけたい=生きる意味を見出す事。
それが「ロゴセラピー 」である。という
※因みに「フランクル 」とはロゴセラピーを提唱した精神科医のコト。
2)ロゴセラピーの基本概念
・精神分析とロゴセラピーの違い
・精神分析 … 話し辛い事でも話さなければならない
・ロゴセラピー … 聴き辛い事でも聴かねばならない
☆3つの価値領域 … 人生の「意味」発見の指標
1)創造価値 … 活動し、想像することによって実現される価値
2)体験価値 … 自然の体験、誰かを愛する体験によって実現される価値
3)態度価値 … 自分自身ではどうしようもない状況、変える事の出来ない運命に直面した時、
その窮状に対して”ある態度”を取る事によって実現される価値
※いかなる時でも、そこで「実現される意味」が無くなることなど、決してありえない。
3)ロゴセラピーの技法
1)逆説思考 … 自己距離化
患者が恐れて居る事を、たとえそれが自分の想いと裏腹なものでも、あえて自ら行うよう促したり、その事が起こって欲しいと自ら望むように促したりする治療法
*うつ病には禁忌
2)脱反省 … 自己超越
人間の精神が持つ、心理反応に対する抵抗力に着目して、その力を利用する
*心理と精神の区別
・心理…原因(自然現象)
・精神…理由(本人の意味づけ)
・心理現象…自然と起きる心理反応の事。
3)もっとも重要な事…人生の意味に通じる第三の道…別格。
たとえ絶望的な状況の寄る辺なき犠牲者であっても、変える事の出来ない運命に直面する中で、自分自身を超えて向上し成長しうるのだという事、そしてそのことによって自分自身を変える事が出来る。
⇒追い詰められた時に活路を見出す。
*問いかけ例
「あなたは自分の人生で何を求められていると想いますか」
「誰かあなたを必要としている人はいませんか」
「何かあなたの成すべき事はありませんか」
4)グループディスカッション
30分、2人の方とディスカッションしました。
・技法の123はステップ(段階的に実施する)ではないか
・クライエントの”見立て”は大切。
・論理療法のように”勉強”出来るものなのか
・「人生の意味」を見出す際、プラスとマイナスの意味がありそう
⇒「うつ病には禁忌」と言うのは、マイナスしか出てこないからでは?
・逆説志向は「やってみると意外と平気」という事かな?
☆感想
初めて京葉カウンセラーズ のセミナーに参加したのですが、皆さんに暖かく迎え入れて頂きました。
ほんわかした気持ちで学ぶことが出来ました。ありがとうございます。
特に、講演後の河野さんの壮行会では、当日の飛び込みにもかかわらず「初めて」参加した気がしない、楽しい会になりました。
また初めて接した「ロゴセラピー 」ですが、何か今習得している「ナラティブセラピー」に通じるものを感じました。
何かロゴセラピーとナラティブセラピーを深化させて、近い将来に自分の中でミックスさせて溶け込ませたい気持ちになりました。
また今後ともお邪魔したいと想います
【”商い”について】
最近特に想います。
もやもやとして、まだ自分のココロに深く問いかけていないので恥ずかしいのですが、
感覚として、”商い”についての想いはあります。
・「儲け事より稼ぐ事」…儲ける事がまず重要、なのではなく、まず働く事。その成果が”正しく報酬になる事”が大事だと想います。
そういえば田舎の方言で働く、というのは稼ぐ、です。
・正しくヒトに接すれば、必ず相手も正しく接して下さいます。だから、相手に対して”正直である事”が重要です。それは”しんし(紳士、真摯)”である事です。
・モノを売る事、が商いではなく、お客様の事を識ろうとする事。そして”自分をまずしって頂く事”が大事な事だと思います。
「松下幸之助成功の金言365」を読んでいますが、”まさに”と想う事が多々あります。
・11月11日 認める
・泣き男などという、およそ武士にはふさわしくない家臣でも、それはそれとして認めて、その上でその持ち味を生かした作戦を考え、戦果を挙げたわけである。そういう所にも正成の名称たるゆえんがあったのではないかと思うし、またそれはすべての人をあるがままに認めて適切な処遇によって生かしていくという人間道の考え方に通じるものだといえよう。
・11月12日 ものを頼む
・話を持ちかけた人の態度にどこか横柄なところがあったり、高飛車なところが感じられたりすると、それが自分にとってどんなに得になる話であっても、断ってしまうことがあります。反対に、たとえ自分にとって負担がかかり、損になる事でも、頼む人の態度が非常に丁寧で誠意溢れるものであったなら、ついついその誠意にほだされて、引き受けてしまう事もある。お互い人間には、そうした理屈では割り切れないような微妙な心の働きがあるのではないかと思うのです。
・11月13日 いたわる
・目上の人を尊敬し、疲れた人をいたわるのは、人情の自然で、この思いやりの交流は、人間として当然のことだと思うのです。
今年は「温故知新」という”キーワード”がココロに魅かれているのですが、松下幸之助も、その前からの教えも”真理”と言うものは不変であるなぁと感じています
(但し、時代と共に適用出来るもの、しっくりくるものは変化していくものだとも感じています)
韓流と某テレビ局の話。
何でこんなに(重大犯罪を犯したような)騒ぎになるのだろう![]()
というのは、単純に「国の問題/民族間の問題」が絡むからでは、と想う。
ではそれを除いて考えると?
例えば「ある蕎麦屋」を流行らしたいと考えたとして。
番組で「このお蕎麦屋さん美味しいですねー」と取り上げるのはありだろう。
一週間、お蕎麦屋さんの話をするのも、まあ過剰すぎるがアリかも知れない。
でも。お蕎麦屋さんが使う用語を無理やりニュース番組で取り上げるとか、
朝の情報番組でランキング発表の時に「どう考えても無理やりな理由で」お蕎麦屋さんが一位になったり、
お蕎麦屋さんを主人公にしたドラマが「何の脈絡もなく」放映されていたらどうだろう?
例えばこれが、韓国のテレビ局で行われていたらどうだろう?
そんな問題だと思う。
「何でこんなことをするの?」って受け手(お客様)が感じたとしたら、それは通常「引き際かな」と感じるだろう。
それなのに無理やり押し通したら?
「お客様はこの服装が似合います」
「いや、、、私こんなのいらないから」
「でも似合いますから買いなさい」
そんな態度の店員からモノを買うだろうか?
またその商品が売れると、個人的にその店員に売上の50%が支払われる、と判っていたら?
それが元々の話で。
嫌なら見なければいい、と言うのもあるし、何より他TVでも確かに韓流ドラマは放映されている。
(某 国的な放送局でも!)何故視聴者の矛先が向かないのか。
そのような”商い”は、如何なものか、と私は感じている


