名もなき勇者 | 温もりのメッセージ

温もりのメッセージ

人と動物との心の繋がりを大切に、主に犬猫の絵を通して、
彼らの心の純粋さ、愛情の深さを伝えていきたい

 

「6月4日、今日はチロが里親さんの元に旅立つ日。

朝からそわそわと落ち着かない。

チロとは今日でお別れかぁ。幸せになるんだぞ…。」

若かりし頃の父の声がカセットテープから流れてきました。

父は1年前に他界、その遺品を整理していた時に、このカセットテープとたくさんの犬猫の写真、その特徴などを書いたノートが出てきたのです。
写真もノートも色あせて、随分古くなっていました。

母がテープから流れる父の声を聞いて懐かしそうに話してくれました。

「あら、懐かしいわ。この頃はゆうこがまだ2歳くらいだったかな。

お父さんが、保健所に勤めていた頃ね。

保健所で殺処分になりそうな犬や猫の里親さんを探していたのよ。」

私は初めて聞いた話だったので、あの父が?と思い、びっくりしました。

母はノートをめくりながら続けました。

「ゆうこは覚えていないだろうけど、お父さんね、動物園で働く前は保健所にいたの。
保健所では野良犬を捕まえたり、保健所に連れて来られた犬猫の殺処分もしていたのよ。
お父さん、動物が好きだったからいつも言ってた。
あの子らは何も悪くないのにな。
殺処分なんて可哀想で、本当はやりたくないんだって。
あの頃はお父さん、毎日辛そうだった。
それがある日、急に俺はあの子らの里親を探すことにしたって、このノートを作り始めたの。
そして、あちこち近所を訪ね歩いては、里親さんになってくれる人を探してたわ。
なかなか見つからなかったけどね。
ようやく見つかった里親さんの元に犬を届ける日、記念に録音していたのね。」

そこまで話すと、母はもう一度カセットのスィッチを押しました。
そして、母はテープから流れる父の声に少し涙ぐんでいたようでした。

「お父さん、どうして急に里親を探す気になったのかしら?」

私は疑問に思って聞いてみました。

母は少し言いづらそうにしながらも、話してくれました。

「実はね、私も同じように思って、お父さんに尋ねたことがあるの。
そしたらね、お父さん、すごく真面目な顔をして言ったの。
犬をいつものように殺処分機に追い込んだ時に、1匹の犬がお父さんの方を振り返ったんだって。
そして、まるでお父さんの心を見透かしたように、可哀想なのはあなた方人間たちの方だよって、そう声が聞こえたって言うのよ。」

私はそこまで聞いて、何と言っていいのか戸惑ってしまったのです。
母はそんな私の顔を見て話し続けました。

「そうなのよ、お母さんも今のゆうこと同じように固まっちゃったの。
そしたらお父さん、そんなこと言っても信じるはずないよな〜アッハッハ!だって。
まぁ、本当なのか嘘なのかはわからないけど、お父さんが罪もない犬や猫を助けたいっていう気持ちは本物だと思って、お母さんもできる限り手伝うことにしたの。」

そして、ノートの最後の方に載っいた1匹の犬を指差して、

「あっ!この子よ。テープで言ってたチロ。
この子はなかなか人馴れしなくて、お父さん苦労してた。

それでも必ず里親見つけるって上司に掛け合って、殺処分の期限延ばしてもらって、お父さんが散歩や躾して、期限ギリギリで里親さんが見つかったの。
お父さんもすごく喜んでた。
もらわれていってから何年かして、チロが亡くなる前に里親さんから連絡があって、最後に会うこともできたのよ。

自分が助けた子が幸せになったのを見届けられてよかったって言ってたな。
動物園に移ってからは、飼育員の仕事が忙しくなって、保健所とは疎遠になり、里親探しもできなくなってしまったけどね。」

私には頑固で寡黙な父の印象しかなかったけど、私の知らなかった父の一面を垣間見れた、そんな気がしました。

私は母に切り出しました。

「実はね、お母さん。
私、半年前から犬の保護施設でボランティアしてるの。」

母は驚いたように、

「本当?血は争えないわねぇ。」

そう苦笑いしながら言いましたが、私には母が少し嬉しそうにも見えました。

「私ね、ちょっと迷っていたことがあったの。
今通ってる施設になかなか里親が決まらない犬がいるの。

その子のことを引き取りたいと思っていたんだけど、幸せにしてあげられるか自信もなくてね。
でも今日、お父さんの話を聞いて決心がついたわ。
お父さんが私の背中を押してくれた、私、あの子の里親になる!」

母はニッコリ微笑んで大きく頷いてくれました。

「きっとお父さんも喜んでくれてるよ。」

そして、私は母にもうひとつの疑問をぶつけました。

「お父さんから、里親探しをしてたなんて話、聞いたことなかったけど、
こんないいことしてて、どうして話してくれなかったんだろうね。」

母は、きっと私がその質問をするとわかっていたかのように答えてくれました。

「お父さんにとっては、それまで殺処分してきた子たちへの罪滅ぼしみたいな気持ちもあったのかもね。
それに、どんないいことをしてもそれを自慢するような人じゃないのよ、お父さんって。
いいとか悪いとかじゃなくて、人として当たり前のことをしてたって言うか…。
だから、里親さんからはお礼とか一切受け取らなかったのよ。」

私は父のこと、誇りに思います。


今は大きな保護施設もたくさんあって、殺処分も減ってきてはいます。
色々な保護施設がマスコミにも取り上げらて、一般の人にもその存在が知られるようになってきました。
おかげで、保護犬猫の里親になるという選択肢も広がりつつあります。
ただ大きな保護施設やSNSなどで有名な保護活動家ばかりではなく、地元で目立つことなく、見返りを求めず、ひたすら犬猫のために日々頑張っているボランティアたちがいることも知ってほしい。
そんな父のような名もなき勇者に私もなりたいと今、心から思っています。
きっと今頃父は、天国で照れくさそうに笑っていることでしょう。