家族の歴史 | 温もりのメッセージ

温もりのメッセージ

人と動物との心の繋がりを大切に、主に犬猫の絵を通して、
彼らの心の純粋さ、愛情の深さを伝えていきたい

 
「メリー、みゆきもうすぐ
 帰って来るからね。」

うちには15歳になるメリーという犬が
います。
もうすっかりおばあちゃんで今は寝た
きり、頭を持ち上げるのがやっとです。
ご飯も、もう1週間前からは受けつけ
なくなりました。
毎日点滴に通っていますが、
今日、獣医さんからは、
一両日中との宣告を受けました。

うちには娘がひとりいます。
高校3年生で来年には大学受験を
控えています。

娘がまだ3歳のときにメリーはこの家
にやって来ました。
まだ生後3ヶ月にもならない子犬で、
保健所に出向き里親として引き取っ
たのです。

娘は小さいながら、動物が好きなよう
でしたし、動物がいることで子供の情操
教育にもなると聞いたことがあったので、
夫と相談しメリーを迎えたのです。

メリーはすぐに娘に懐き、いつも一緒で
まるで本当の姉妹のようでした。
それから15年、メリーは娘とともに成長し、
そしてあっという間に娘の年を追い越して
いったのです。

娘にとっては妹でもあり親友でもあり、
何でも話せる相談相手でもありました。
メリーも娘の言葉に耳を傾け、
慰めたり一緒に喜んだり…。
また時には親や先生のように、
娘をたしなめたりすることもありました。

メリーは娘にとって家族以上の存在
だったに違いありません。
そのメリーがもうすぐ天国に旅立とうと
しているのです。
娘はどうなってしまうのか、親としては
心配で仕方がありませんでした。

「ただいま、メリーはどう?」

娘が学校から帰ってきました。

「うん、午前中に点滴してきたけど、
先生はもう…。」

それ以上は言葉になりませんでした。

娘はメリーの元へ急いで駆け寄りました。
メリーは娘が帰ってきたのがわかったようで、
ゆっくりとシッポを左右に振ったのです。

「メリー…。」

娘は涙ぐみ、それ以上の言葉が出ないよう
でした。
何度もメリーの体を撫でていました。

私は娘の感情の高まりがおさまった頃を
見計らい、こう話しかけました。

「メリーはみゆきに撫でてもらうのが
大好きだもんね。
メリー、嬉しいね…。
そうそう、好きで思い出したけど、
お散歩は特に好きだったよね。
ご飯よりも、まずお散歩だったもんね。」

少しでも場を明るくしたくて、
そんな話を振ってみたのです。

寝たきりになってからはカートに乗せて、
近所の公園まで連れて行っていました。
お散歩は娘の役目でした。

「そう言えば、メリーってお散歩から帰って
来ると、必ず立ち止まって、ここが我が家っ
て確認するようにうちを見上げてから中に
入っていたんだよね。
不思議だな〜っていつも思ってた。」

娘はメリーを撫でている手を一瞬とめて、
ふと思い出したように話しました。

「メリーはこのうちに来て15年ずっと、
ここで歴史を刻んできたんだよね。
この家はメリーにとって、
家族の歴史の象徴のようなものなのかも
しれない。
私たち家族の楽しいことも悲しいことも、
全部見てきたんだよね。
メリーは家族のこと何でもいちばん知ってる。
特にみゆきのことは、お母さん以上に
知ってるんじゃない?」

そんな私の言葉に娘は、

「やだ、そうかな。
そうかもしれない。
お母さんに言えないことも、
何でも話して来たから。」

と、ちょっと照れ臭そうに言いました。

そんな会話を子守唄代わりにして、
メリーはいつのまにかスヤスヤと寝息を
立てていました。

それから、夜になってメリーの呼吸が
少し荒くなり、いよいよその時が近づいて
来ていると感じ始めた時、何を思ったのか
突然、娘はメリーを抱き上げたのです。

「どうするの?」

私の言葉には答えることなく、
娘はメリーを抱えたまま玄関の外に
出ていきました。
そして玄関の前でクルリと向きを変え、
月に照らされた我が家を見上げました。
それから、娘に抱かれたからか、
呼吸が少し落ち着いてきたメリーに、
こう優しく話しかけました。

「ねぇ、メリー、見てごらん。
メリーはこのうちに来てから、
このうちで私たちと一緒に家族の歴史を
作ってきたんだよ、今、この瞬間もね。
メリーは、紛れもなく大切な家族の一員だよ。
ありがとうメリー、家族になってくれて。
ここがメリーのうちだよ。
さぁ、一緒にしっかりと目に焼き付けて
おこうね。」

そう言うと娘はメリーの顔に自分の頬を
そっと寄せました。

メリーは一瞬目を開けて、ゆっくり
顔をあげました。
そしてほのかに微笑んだように私には
見えたのです。
二人の瞳には、ちょっと古ぼけた我が家の
景色が、月に照らされまぶしく輝いて映って
いたことでしょう。
そしてその景色は家族の歴史として、
二人の心に深く刻み込まれたのだと私は
確信しました。
我が娘のみゆきとメリーとの心の絆に
感動すると同時に、いつの間にか大人に
なった娘を頼もしく感じた瞬間でも
ありました。

翌日の早朝、メリーは静かに息を引き取り
ました。
 

あれから2ヶ月。

娘は年が明けたら大学受験、もちろん学業
にも精を出しているけれど、メリーと暮らした
15年は娘にとって人としての多くの学びと
成長を与えてくれたのだと、最後の二人の
姿が物語っていたように思います。

「行ってきます!」

娘は今日もメリーの写真にそう声をかけ、
元気に学校へ出かけて行きました。
きっとメリーも、私と一緒に娘を優しく
見送ってくれているはずです。


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みんな大切な命、一度家族に迎えたならば、
最後まで一緒に家族の歴史を刻んでください。