今がどんなに楽しくても、どんなに幸せでも、今すぐに消えてなくなれるのであれば、それに勝るものは、ない。
少なくともこの12年間はずっとそう思い続けて生きてきた。
それが自分自身の根底にあるから、僕の部屋の窓からは高圧電流や針の雨やありったけの雪崩が絶えず流れ込んでくる。
だから、ベッドに突き刺さって布団に食われる1人の時間が最も大切で、電波さえあればご飯がなくても過ごせる。
それだけ。
待ち望んでいる死までの暇つぶし。
大丈夫。娯楽は溢れ返っている。
枕元には全てがある。
そう思っていたい自分が大きい。
でも、高圧電流にも針の雨にもありったけの雪崩にも邪魔されてでも外に出る理由を、見つけてしまった。
好きなバンドのライブを観て、いつかそのバンドを自分が呼べるようになって。
好きな友だちと遊んで、好きなだけ写真を撮って。
枕元には存在しない暇つぶし。
電波に乗ってやっては来れないもの。
早く死にたいという気持ちは天地がひっくり返っても消えないけど、天地がひっくり返った後の世界が気になってしまうから、死ねないんだと思う。
絶対に天地はひっくり返らないのに気持ち良い布団を踏み脱いで外に出てしまうのは、災害だらけの外の世界に美しさを見出してしまったから。
枕元には存在しないものに触れたいから。
もし幸せが死を遅らせるのであればそれは禁忌だけど、それでもちょっと見てみたい景色が溢れているから。
面倒臭い。