やらなきゃいけないことよりも、やりたいことを重視して、現実逃避に全力を注いで、その都度で自分にとって都合の良いことだけ取り込んで生きていけるなら、長生きする意味はあると思う。
だから、苦労も苦悩も将来の自分にぶん投げて押し付けて、言うなれば人任せ、責任転嫁、その場しのぎなのだけれど、逃げ口上にしかならないけれど、欲求に貪欲になっても良いんじゃないかと思う。
寝たいときに寝るのも、触りたいときに楽器を触るのも、行きたいとこに行くのも、見たいだけアニメ見るのも、全部許される。だってまだ社会に出てないもん。社会に評価される身分じゃないもんね、やりたいことやろう。
あ、来月あたりからピアノの弾き語り始めます。
できた曲は録音してこっそりSound Cloudに投稿してます。
人を心の底から信じるのって馬鹿げてるなとめっちゃ思ったことが最近あったけど、信じるのってただのエゴだなとじんわり感じた。
人を信頼するのはいくらでもすればいいけど、依存はダメだよな。
人の心なんてコロコロ変わるもんだし、本心なんて腸の中なんて、自分にさえも一生分かるはずないのだから、「正直者」って言葉の胡散臭さには笑う。
コロコロ変わるものを信じても依存、エゴそのものだよな。
信頼はできても、それに対する価値観がんじがらめは良くないよな。
ある好きなアニメキャラクターが、「かけがえのないものは嫌い」と言っていたが、まさにそれだ。何かが消えたら自分は生きていけない、みたいな人間になりたくない。でもそういう、所謂NO MUSIC, NO LIFE的なのってどうしようもなく最上級の一方的な片思いだよな。愛情ではない。
そう考えると、俺は音楽がなくなったら生きていけないと本気で思うし、もし本当に何らかの形でなくなってしまったらと考えると絶望的になるから、本心では音楽をきちんと愛せていないのかもしれない。
将来の不安なんて大きすぎて逆に目立たない存在になってしまっている。
やりたいことだけやって、欲求の鮮度を大事にして、死にたいときに薬で安楽死できたらいいのにな。