用賀 「Pizzeria Mar-de Napoli」(ピザブログ8) | 白州本樹のブログ

用賀 「Pizzeria Mar-de Napoli」(ピザブログ8)

久しぶりのピザブログです…


と言っても昨年の12月20日の話です。


嫁さんのお友達家族に会いに用賀まで。


中高の友達が用賀に住んでいたので、昔良く行きましたが、田園都市線の中でもなんとなく垢抜けない印象だった。


それが今ではお洒落な感じに変身しましたね。

昔は都内にも中流な街が沢山あった記憶ですが、最近ではどんどん格差が広がり、街の中でも勝ち組、負け組が出来てきている感じがします。


そんな勝ち組用賀の駅から少し行ったところに案内されたのがこちらのシャレオツなピザ屋さん


ピッツェリア、マル、デ、ナポリ

日本語訳すると、ナポリの海ということか…


美味そうですね。

ドルチェメニューも豊富です。

このくらいの大箱のピッツェリアは下町にありません。世田谷サイズ。

最近日本でも良く見るようになった、本場イタリア直輸入のようなピザ釜、金かかってます。

さて、ランチメニューですが、

下から、アマルフィコース、ヴェスピオコース、カプリコースとあります。

ヴェスピオとはナポリ近くの火山のことで、紀元ん年に噴火して、ポンペイの町が一瞬にして埋もれてしまったのは有名です。


カプリはナポリ近くの島で、青の洞窟が有名ですね。


アマルフィ海岸は行ったことありませんが、もはや説明不要かと…


スペシアリタ デッラ カーサ


直訳するとハウス、スペシャリティーといった感じでしょうか。お友達はパスタにしていましたが、極論、パスタは家で作れますからね…

ピザブロガーとしてはピザ行くしかありません。


燻製モッツァレラのカルツォーネにしました。


カルツォーネは確か「くつ下」という意味だったと思います。


嫁さんは「サポリ、デル、サッド、カンピオーネ」

です。カンピオーネはチャンピオンという意味ですが、料理長がピザワールドカップ2012で優勝したピザみたいです。

すごいですね、いつの日かサッカーワールドカップでも優勝出来ますかね?

お裾分けいただきましたが、確かにかなり美味いです。


日本で美味いピザというとアメリカンピザだった時代が長かったですが、最近は本場イタリアンの美味いピザ屋が増えましたね。


そして見てください

くつ下!

ピザを包んでくつ下のようにしています。

もちろん手では食べません。ナイフとフォークで頂きます。

生地が美味いですね。日本でカルツォーネを食べられる日がくるとは感慨深いです。


これだけ大きいと、赤ん坊連れても大丈夫てす。今の我が家にとってこういうお店は大変ありがたいです。

お友達のじんこちゃんはケーキが選べるカプリコースにしたのに、散々迷った挙句にショートケーキにしていました。

確かに僕も町中華ではとりあえず醤油ラーメンを頼んでしまいますが、


なんか勿体ないなぁとも思ってしまいます…


さてさて、実はもう一軒、ピザ屋を紹介させてください。


時は昨年のクリスマス


御徒町駅前のクリスマスマーケットでピザのキッチンカーを見かけました。

ピッツァイオーロ?初めて聞いた単語だ…


チーロ!なんだろう…

ここもまたピザ世界大会に出場したんだって。凄いなあ…


住所は和光市になってるけど、和光市に店舗は無いんだって…

あくまでもキッチンカーのみ。

こんなすごい肩書きでも店舗出すのはまた別問題なのかな…

そして我が家恒例、クリスマスチキンはアメ横のチキンマンで。


チーロのピザ!



冷めても美味い…

もうここまでくると良くわからない。用賀のピザよりも美味いかもしれないとも思えてしまう。


そしてそもそも本場イタリアのピザがどんなだったかも思い出せない。

イタリアのピザよりも美味いということも十分にあり得ます。(イタリアでも、全ての店が美味いわけではないですからね…)


チキンマン

安定の美味さ

移り変わりの激しいアメ横のメインストリートで、かれこれ15年は変わらずあるということは凄いことです。


そしてこれまた毎年恒例の上野松坂屋のクリスマスケーキ

それにしても僕がヨーロッパを旅していた90年代は、イタリアには料理学校というものがなかった。


イタリアで会った日本人達は、みんな飛び込みでレストランで修行させてもらっていた。


みんな日本一のイタリア料理屋、日本一のピザ屋目指して必死でした。


今、ナポリピザのお店が沢山できてきて、みんなどこでどうやって修行してきたんだろうと思う。


かつてイタリアで会ったあの日本人たちもどうしているんだろうと、ピザブロガーの白州はイタリアンピザを食べるといつも思うのでした…


おしまい。