かなり久しぶりにブログ更新です。


ホントに、最初はマジメに地元の歴史関係でブログを更新

し続ける予定だったのですが、家族の幸せ自慢も増えてきた

今日この頃です・・・。


本日は娘の誕生日でした。

中野屋さんという洋菓子の美味しい和菓子屋さんに、3回目の

オリジナルケーキをお願いし、本日頂いてまいりました。


それがこの写真  ↓↓↓


SHINOBU5のブログ SHINOBU5のブログ



こんな感じです。

娘が習っているピアノをヒントに、グランドピアノの作成を依頼しました。


想像を絶する出来のよさに、家族みんなで大喜びでした。

画像だと大きさがわかりにくいですがかなりの大きさです。


これを普通に注文したらいくらかかるか解らないぐらいのものです。

こんなケーキをリーズナブルに作っていただけ、

家族みんなで幸せな一時を過ごせる、自分の今の境遇に

とっても感謝している今日この頃でした。

今日は、娘の卒業式ということもあり、お休みをいただきました。


震災以降、全く行けてなかった父の故郷(飯舘村)へ

墓参りのために行って来ました。


R115から月舘を通り、そこから飯舘村へ・・・。


車の交通は普通にあって、スタンドが1軒営業をしていた。

南相馬市へ抜ける間の給油の中継地点として開いているのだろうか?


他の店は、全く開いていない(当たり前だが・・・)。


また、とある牧場には馬と牛が数頭放牧されていて、

蓄主が与えているのであろう牧草を食んでいた。

この家畜は今後どうなるのだろう・・・?ちょっと気になった。


家は、車窓から見る限り大きく損壊している建物はほとんどなく、

震災の影響はそれほど感じられなかった。


車の往来はある、家畜も生きている、建物も大体健在、

・・・、なのに人はいない。

普段は綺麗に刈り取られている、路肩や法面に伸び放題になっている

枯れた草が、人間の営みがほとんど行われていないことを

自分に教えてくれていた。


初めて目の当たりにした原子力災害の現実でした。


景色だけ見れば、全く普段どおりで何の危険性も感じられない。

でも、今この場所に人は住み続けることはできない・・・。


戻れる日はいつなんだろうか。

従兄も避難していて、空になっている父の実家の前を通る。


切ない気分になった。

除染は、自分の住んでいる福島市でも早急に解決しなければならない

大きな課題の一つだ。

それでも、何もできずにいる飯舘村より、前進はしている(はず)。

自分のところはまだマシだ・・・。


父はどういう気持ちで故郷を思っているのだろう。

もうすぐ81歳になる父が元気なうちに、元通りの故郷になってほしいと

本気で思った午後でした。

大変久しぶりに更新したら、やっぱり歴史じゃなかったりして・・・




本日、世界一受けたい授業の音楽の時間を担当している

青島広志先生が地元福島市にいらっしゃり、復興支援コンサート

をしてくださいました。


以前から、題名のない音楽会等で先生を知っていて、

機会があれば絶対に行って見たいと思っていました。


このたび、その機会を得て、念願の生青島先生にお会いできました。


テレビで拝見するとおり、イメージどおりの先生でした。

クラシックを、軽妙なトークで面白おかしく、解りやすく説明され、

でも、指揮を振れば一生懸命 (^^)


とても幸せな時間をすごすことができました。

しかも気さくで、写真撮影にも快く応じていただきました。




SHINOBU5のブログ

本来、肖像権等もあるので、家の息子&娘だけぼかして、

先生のお顔をぼかさないのはまずいのかもしれませんが、

上記のような感じでした(青島先生申し訳ありません・・・)。


青島先生は、公演の短い合間をぬいながらも、

サイン、写真撮影にと応じてくださっていて、

本当にいい先生でした。


是非、来年も来ていただきたい、

そして、また是非お会いして、今度は私めも写真撮影

してもらいたいと思いました。


とってもとっても幸せな音楽の時間でした♪