白い恋人 | 大池田劇場(小説のブログです)

白い恋人

          白い恋人
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 「大雪山の麓には白い恋人と言われる妖精が

居るのだ。」
 友達の健作は私にそう話をしたことがある。
 「そんな馬鹿な・・・、白い恋人ってお菓子じゃ

あるまいし。」
 私は友達が冗談を言っているのだと思った。
 「本当だよ。道に迷った時に俺は見たんだ。」
 健作の目は真剣だった。嘘を言っているとは

思えない。
 彼は一度冬山で遭難しかけたことがある。
 きっとそのときに幻覚を見たのだ。
 あまりに疲労が蓄積すると、人は死ぬ間際に

幻を見ることがあるのである。
 おそらく苦痛を和らげようと、死線をさまよった

時に脳がそういった映像を結ばせるのだろう。
 そう何かの本で読んだことがある。
 きっと、その時健作の目には確かに白い恋人

が見えたのだろう。
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 「はっ、眠っていたのか・・・。」
 気が付くと雪の中に倒れている。あたりは一面

の銀世界である。
 「そうだ、私は道に迷って・・・。」
 疲労から倒れこんでいたのだ。このままでは死

ぬところだった。
 「どうしてあんな昔のことを・・・。」
 急に思い出したのだろう。白い恋人のことなど

・・・。
 「私もそろそろお迎えが来るということか・・・。」
 大雪山は何度も登っているので油断していた。

まさかベテランの自分が遭難するとは思わなか

った。
 「あの~、起きましたか。」
 急に頭の上で女の声がした。幻覚も進んでく

るとリアルな声が聞こえるのか。
 「起きなさいって、言ってるでしょう。」
 声の主はそう言うと私を蹴とばした。そのまま

ゴロゴロと転がる。
「なんだ、これは。」
 あわてて声の主を見て驚いた。純白のドレスに

包まれた、美しい女性がそこに立っていたのだ。
 もしかして・・・、健作から聞いた白い恋人か?
 間違いない、この世のものとは思えない美しさ

である。女神そのものだ。
 「もう、しょうがないわね。放っておくわけにもい

かないし・・・。」
 そう言うと、白い恋人は私の襟髪をむんずとつ

かみ、ずるずると引きずり始めた。
 顔とは似ても似つかないすごい力である。
 「ちょっと・・・、待って。離して・・・。」
 いくら雪の上だからと言っても痛い。
 「少しぐらい我慢しなさい。」
 彼女はそう言って私の言うことなど聞こうとしな

かった。
 「あれ?よく見ると・・・。」
 なぜか和かんじきをして歩いている。
 ドレスの上にどてらを着て、阪神タイガースの帽

子をかぶっていた。
 「阪神ファンなんですか?」
 到底女神とは思えない恰好なので思わず聞いて

しまった。
 「阪神、なにそれ?」
 不思議そうな返事をするので、帽子のことを話し

た。
 「ああっ、これのことね。山に落ちていたから貰っ

たのよ。」
 拾った帽子をかぶっていたようである・・・。
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 「寒かったでしょう?コーヒーを御馳走するわね。」
 そう言うと彼女は中空からコーヒーカップとパンを

取り出して見せた。
 「魔法だ。私は夢を見ているのか。」
 唖然とする私に白い恋人はコーヒーを差し出すと、

パンをちぎって自らのカップの中に入れ始めた。
 「コーヒーはこうやって飲むのがおいしいのよ。」
 そう言って彼女はスプーンを入れたままコーヒー

を飲み始めた。
 スプーン、邪魔じゃないのか?
 「ほら、あなたも食べなさい。」
 そう言って彼女は私のカップにもパンを放り込み

始めた。
 自らはふやかしたパンをつまんで口に入れている。
 「果物が欲しいわね。」
 そう言うと白い恋人は今度は中空からイチゴを取

り出した。
 おいしそうに口に入れている。
 「あの~?へたは取らないのですか。」
 私の質問に彼女は怪訝な顔をした。
 「ここに栄養があるんじゃない(注・ありません)。」
 そう言うと白い恋人は私にもイチゴを丸呑みするよ

うに勧める。
 「道に迷って、お腹すいたでしょう?」
 ずっと飲まず食わずだったので当然お腹は空いて

いた。
 「じゃあ、スープをごちそうするわね。」
 彼女はテーブルの上にうまそうなクリームシチュー

とライスを取り出した。
 「あっ、ライスをシチューに入れないで・・・。」
 白い恋人はご飯を皿の上からシチューにかぶせる

と、グチャグチャと掻き混ぜて私に差し出した。
 味の方は申し分なかったのだが・・・。
 「うふふっ、おいしいでしょう。ここが気に入ったのな

らずっと居ていいけど、いくら私が可愛いからって、

エッチなことはしないでね。」
 彼女はそう言ってテーブルの上のフォークをつまみ

上げた。
 「私の腕力は熊の数倍はあるから、おかしなことを

するとあなたの首がもげちゃうわよ。」
 白い恋人が指先でフォークの頭をはじくと、途端に

ちぎれて弾丸のようにコンクリートの壁に突き刺さっ

た。
 「しません、絶対しません!」
 私は背筋を伸ばして校長先生に怒られた生徒のよ

うにそう答えた。
 命を助けてくれた女神に、元々そんな気が起こるは

ずもないのだが・・・。
 「やりたいときは私の方から行くから・・・。」
 彼女はふやかしたパンを食べながらそうポツリとつぶ

やいた。
 「えっ、するのですか・・・?(拒否権はないらしい)。」
 食事が終わると、白い恋人はテレビをつけてNHKの

政治討論を聞き、ゲラゲラと笑っている。
 「あなた、もしかして・・・。」
 私は女神の正体に気付いた。
 どうやら彼女は白い恋人ではなく・・・、白い変人(へん

じん)だったようである。



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