本当の愛(奥様は女神第2話) | 大池田劇場(小説のブログです)

本当の愛(奥様は女神第2話)

         「本当の愛」
             1
「あなた、私ついに魔法が使えるようになっ

たのよ。」
ある日会社から帰ると、妻が上気した顔を

してそう言った。
 「見ていて・・。」
 彼女はそう言うと、醤油の瓶になにがしか

の呪文を唱えた。
 「ネズミになれ。」
彼女の両手にかすかな光が見えたかと思

うと、醤油瓶は白いネズミに変身した。
「マジかよ。」
 手品かと思ったがたしかに本物のネズミで

ある。
 辺りを見回すと部屋の隅々に白いネズミが

ゴソゴソと動いている。
「どうすんだよ、家の中こんなにネズミだら

けにして・・・。」
早く元に戻すように言った。
 逃げ出したら大変なことになる。
 妻はエヘヘと頭を掻いた。
「元に戻す魔法を知らないのよね。」
確かにすごいことはすごいが、これが何の

役にたつ魔法なのだろうか・・・?
 「この力を使って悪魔を退治するの。」
そう言いながら、彼女は私の手を引っ張っ

て外へ出た。
 町で悪魔を見つけたというのだ。
 すごく興奮している。
 妻は本当に女神だったようだ。
 「見て、駅前で何か売っている変な男、あれ

が悪魔よ。」
黒背広姿の初老の男がパイプ椅子に座っ

て何か売っているようだった。
 どう見ても異様で、立ち止まる人も居ない

が・・・。
 妻は花壇の中から煉瓦のような角張った石

を取りだしてきた。
 「見てて、私があいつをこらしめてやる。」
 ここからは百メートル以上はあるように見えた。
 「おい、そんな大きな石、あんなところまで届く

わけがないだろう。」
プロ野球選手でも無理だろう。
 妻は平然とした顔で、ブーンと腕を鳴らして野

球のボールのように石を投げた。
 「本当に人間か?おまえ。」
私は自分の女房が恐ろしくなった。
 これだけの距離があるのに、石は正確に男の

頭を射抜くように飛んでいく。
 「当たる!」
 目を伏せるような惨劇が起こるかと思ったが、

なぜか男は当たる瞬間にすっと居なくなってしま

った。
「あれっ?確かに当たったはずなのに・・。」
妻が不思議そうな声をあげた。
 どう見ても男が消えたように見えた。
 二人で不思議そうに男の居場所を目で追って

いると、急に後ろから声を掛けられた。
「私の名はベルゼバブ。魔界ではサタンに次ぐ

実力者と言われている者だ。」
振り向くと、黒背広を着た初老の男が、妻が投

げた石を持って立っていた。
 ひどく怒っているように見えた。
 「いくら悪魔でも、いきなり石をぶつけておいて、

それで済む道理があるか。」
 ごもっともなご意見です。
ベルゼバブは軽蔑したように妻を見た。
「おまえ、アホ女神のローレライだな。アフロデ

ィーテから話は聞いている。」
 悪魔の世界にも名前が通る程の落ちこぼれだ

ったのか。
 「今は真由という名前なの。」
「ふん、おおかた厄介払いされて人間に落とさ

れたのだろう。」
そう言われて妻はむっとした顔をした。
 「そんなことないわ、アフロディーテ様は私に本

当の愛を学習するようにと、人の世界に下された

のよ。」
私達は週二回は愛し合っている。
 「ふん、そうやって騙されたのだ!」
妻は憤慨すると、手を十字に切って構えた。
「もう、怒ったわ!許さないから・・・。ネズミにな

れ。」
妻が魔法を掛けたが、ベルゼバブは平然と立

っている。
 「おまえがなれ。」
ベルゼバブが手をかざすと、妻は大きなネズ

ミになってしまった。
「何これ、ひどい。」
 彼女は自分の手足を見て驚愕した。
 ベルゼバブはふふっと不敵に笑う。
 「人をネズミになどしようとするから、そんな目

に遭うのだ。」
 たしかにごもっともな意見である。
「すみません、許してください。こんな子でも私

の妻です。命ばかりはお助けください。」
私は地面に這い蹲って許しを請うた。
 そうしなければ妻がどんな目に遭わされるか

解らない。
「いいだろう、おまえの顔に免じて許してやろう。

その姿のままでしばらく頭を冷やすがよい。」
私はおそるおそるベルゼバブに尋ねた。
 「あの~、元に戻るのはどうやったら・・・。」
 ベルゼバブはその質問には答えず、忽然と姿

を消してしまった。
 自分で考えろということだろう。
              2
 「今日の夕飯はキャベツなの。」
会社が終わって帰ると、真由がネズミの姿のま

ま、エプロンをして立っていた。
 なんかムーミンママみたいである。
 食卓には生のキャベツが丸ごと並べてある。
「ネズミになってから食費がかからなくて助かる

わ。」
 妻はキャベツを掴むとシャリシャリと美味しそう

に食べた。
 「おまえは良くても俺は困るんだよ。生のキャベ

ツ1個なんて食えるか。」
 ずっとこの調子で、なぜか生野菜ばかり食べて

いる。
 それになぜか、妻は暇があればお風呂の水に

浸かっている。
 ドブネズミだったのだろうか?
 そうやって数日が過ぎたが、ある日警官が尋ね

てきた。
「桃葉さんですね。」
警官は疑わしそうな目線で自分を見つめる。
「ご近所から奥さんが行方不明になっているとか、

大きなネズミを飼っているとか連絡があったのです

。」
 それで心配して見に来たようである。
 「妻は実家に帰っていまして・・・。」
 「そうですか。あと、ペットによっては県知事の許

可がいる動物が居るので・・。近頃は変なものを飼

う人がいるので困りますね。」
 そうして胡散臭そうに自分の家の中を見渡した。
 「どうしよう、誰か通報したみたいだ。」
しゃべるネズミが居ることを知ったら大騒ぎにな

るのに違いない。
 「とりあえずどこかへ逃げましょう。いろいろ調

べられたら厄介だわ。」
 一旦身を隠すことにした。
「ついでに家のネズミもどこかへ捨ててきましょう

。」
 妻が練習台に使ったネズミが、まだたくさん部屋

にいた。
 二人で考えた結果、ネズミは近くの公園に捨て

ることにした。
 本当はこんなことはしてはいけないのだが・・・。
 運が良ければネズミ達は生き残るだろう。 
 ネズミを捨てにこっそりと、人気のない早朝の公

園に来た時、池の対岸に赤い軽自動車が見えた。
 ゆっくりと池に向かって真っ直ぐ進んでいる。
 「おい、あの車。池に落ちるのでは・・・?」
行っている間に凄まじい水音をさせて、軽自動車

は池に突っ込んだ。入水自殺を図ったようだ。
 「あぶない!」
 妻は四本足で、ものすごい速さで突っ走ると、そ

のまま水の中に入った。
 「真由、そんな体で何する気だ。戻ってこい。」
 妻はついーっと、水の中を器用に泳ぐとすぐに潜

水した。
 「おい、戻ってこい!」
 そのまま数分が経過した。
 「おい、真由。」
 いつまで経っても浮かんでこない。
 いくら何でも長すぎる。
 「馬鹿!助けようとしておまえが死んだら・・・。」
 俺はどうしたらいいのだ。
 池の端で膝をついて呆然と水面を見ていると、急

に池がざわめきたち彼女が姿を現した。
 元の人間の姿に戻っており、胸に赤ん坊を抱いて

いる。
 「私、ネズミじゃなくてヌートリアだったみたいね。」 
 水辺に棲むヌートリアは泳ぎが得意な動物である。
 それでなかなか浮かんでこなかったのだ。ヌートリ

アは5分近くも潜水できるらしい。
 「おまえ、人間に戻ったんだな。」
 車のドアに手を掛けたら人間に戻ったらしい。
 ヌートリアのままだったらドアは開けられなかった。
「良いことをすれば魔法が解けるのだわ。」
 真由は赤ちゃんの親を助けようともう一度池に潜っ

た。
 「大丈夫か?真由。」
 しばらくすると彼女一人が水面に上がってきた。
 「駄目だわ、人間に戻ったら息が続かない。親は助

けられない。」
 池は結構深いようである。
「もう無理するな。この人達はこういう運命だったん

だ。諦めよう。」
魔法が解けた真由は裸になっていたので上着を着

せてやる。
 「この子だけでも、私達の手で助けてあげましょう。」
 「どうやって助けるんだ?」
 彼女は泣いている赤ちゃんを抱き上げて頬ずりをし

た。
 「私達の手で育ててあげるの。」
彼女の話では女神と人間の間には子供はできない

そうである。
 それで私達にはずっと子供がなかったのだ。
 「もしかして、ベルゼバブはこうなることを知っていて、

おまえをヌートリアにしたのでは・・。」
妻は怪訝な顔をした。
 「まさか?相手は悪魔よ。人助けするはずないでしょ

う。」
 そうなのだろうか?
 遠くでパトカーのサイレンがする。
 携帯で110番したので駆けつけてきたのだろう。
 赤ちゃんを愛しそうに見つめる妻の顔は、どんな絵画

に描かれた女神よりも美しく見えた。
 妻と私は、これから本当の愛を勉強することになるよう

な気がする。



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(実は一つの話を完結して他の話へ行くという手法

をとっておらず、いくつかのシリーズを並行して書い

ていますので、目次をご覧になった方がわかりやす

いかと思います。きまぐれで他のシリーズへ飛びま

す。)


増刊号の「山池田」です。

現在、なぞの物質・「福田樹脂」載せています
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(山池田は登山日記と、自分では今一つと思っている

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