私の赤ちゃん | 大池田劇場(小説のブログです)

私の赤ちゃん

            私の赤ちゃん
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軍隊を退役した私は、今は軍人だった優しい夫

と結婚し、ささやかな幸せを手にした。
 「千佳、今日も可愛いよ。」
 そう言って夫は毎日優しくキスをして仕事に出

かける。
 彼は少し身長は低かったけど、ハンサムである。
 軍人だった時は射撃の名手だった。
 「早く帰って来てね、あなた。」
 私は生まれだばかりの子を抱いて玄関まで見

送った。
 「バブー。」
 子供も夫が仕事に行くのが解るのか、行ってら

っしゃいと声を掛けてくれる。
 まだしゃべれないのに賢い子だ。
 「だああ。」
 子供が私の乳房をまさぐる。
 「おお、よしよし。食事にしましょうね。」
 お腹が空いたようだ。
 私は母乳で子供を育てることにしていた。子供

は元気よく、毎日お乳を呑んでくれる。
 「早く大きくなってね。」
 初めての子でいろんなことに戸惑うけども、可

愛くって仕方がない。
 「今日は、様子を見に来たよ。」
 玄関で懐かしい声がした。
 「ありがとう、遠いところをよく来てくれたわね。」
 今日は友達のパルルが赤ちゃんを見に来てくれ

た。
 パルルは昆虫が進化した宇宙人で、身長は15

センチ位しかない。
 私と同じように軍人だった時に現在の旦那様と

結婚し、退役したのだ。
 旦那は地球人である。
「可愛い赤ちゃんだわ。」
 パルルは小さな羽を動かして、パタパタと赤ちゃ

んの回りを飛んでみせる。
 「可愛いでしょう。」
 本当に食べちゃいたいくらい可愛い子である。
 「いつ頃、生まれたの?」
 パルルはそう質問した。
 「あれ?いつだったかな。」
 どうしたことだろう。なぜか思い出せない。
 「何か最近だったような気がするんだけど?」
 なんだろう、私はどうしてしまったのだろうか。自

分の子が生まれた日を覚えていないなんて・・。
 「後で育児日記を見てみるわね。」
 パルルはまじまじと私の顔を見た。
 「今の旦那とはどこで知り合ったの?」
 あれ、どこだっけ。聞かれるまではっきり意識し

てなかったな。
 「かなり前からの知り合いよ。忘れちゃったわ。」
 パルルは不思議そうな顔をした。
 「忘れるって・・?」
 自分でもちょっとおかしいと思った。
 「最近、物忘れがひどいのよ。」
 ちょっと焦ってそう答えた。
 「だああっ。」
 子供がまたお乳をせがんできた。最近食欲が旺

盛なのだ。
 「ちょっと失礼するわね。」
 女同士だから構わないだろう。
 私は胸を出して赤ちゃんに乳を与える。
 「地球人の育児は面白いな。」
 パルルは不思議そうな顔をして授乳を見入って

いる。
 「可愛い子だな。ちょっと触らせてもらってもいい

かな?」
 パルルはそう言って赤ちゃんの方へ向かって飛

んできた。
 「ええ、良いわよ。」
 私はにっこり笑ってそう答えた。
 パルルは子供の顔の方に近づくと、急に大きな口

を開ける。
 口元から交差した大きな牙が覗いた。
 「えい!ガブッ。」
私は目を疑った。
 いきなり彼女は、私の赤ちゃんの首元にその大き

な牙を突き立てたのだ。
「何するのよ、あたしの赤ちゃんに・・。」
 赤ちゃんは火のついたように泣き出した
私は反射的に振り払おうと、平手で彼女を叩こうとし

た。
 一瞬早く、彼女は素早く上昇し、パタパタと飛んで

照明の上に止まった。
「ふうっ、地球人の母性本能は恐ろしい。もう少しで

殺されるところだった。」
 私は目を逆立てて彼女を睨み付けた。
 「降りてきなさい。こんなことをしてただで済むと思

っているの。」
 本当に殺してやろうかとさえ思った。
 「よく見てみろ、自分の子供を・・。」
パルルはそう言って私の赤ちゃんを指さした。
 何を言っているのだろうかと、自分の抱いていた

子供を見る。
 赤ちゃんだと思ったものは黄色い枕のような袋だ

った。
 ブヨブヨと苦しそうに動いている。
 パルルが噛んだところから中身がこぼれているよ

うだった。
 「あたし、こんな奴に胸を吸われていたの。」
私は赤ちゃんをベットの上に放り出して夫を呼んだ。
 「あなた、あなた大変。赤ちゃんが・・。」
夫は仕事から帰っていたのか、台所から返事をした。
 「なんだい、おまえ。」
背広姿の夫がのそのそと出てきた。
 どこかで見た顔である。
 「あんた、アマンダじゃない。」
部下のアマンダだった。
 「あれ、千佳大尉?エプロン姿で何をやっているの

ですか?」
 よく見回してみると、ここは家ではなく、勤務してい

た宇宙船の操縦室である。
 「あんた達、女同士で何やってたの。」
パルルはそう言って呆れた顔をした。
 「こっちが聞きたいわよ。赤ちゃんが生まれて、世

話をしていたのは覚えているのだけれど・・。」
 よく考えたら結婚なんかしていないし、そんな行為

自体、何年もしていない。
 「この虫に騙されていたのよ。」
 パルルは床に転がった瀕死の黄色い物体を指さし

た。
 「何なのこれは?」
よく見るとグロテスクな生き物である。
 「地球でいうところのフクロムシね。」
 フクロムシ?そんな生き物は聞いたことがない。
 「フクロムシは寄生虫の一種で、地球では蟹に寄

生する動物なの。寄生された蟹はフクロムシを自分

の子供(卵)だと思って世話をするのよ。」
 パルルはそう説明した。
 どうやら積荷にくっついていて、私に取り憑いたらし

い。
 輸送船の連絡が途絶えたので、心配した彼女が来

てくれたのだ。
 「ひどい、人の心をもてあそんで・・。」
赤ちゃんも夫も虫が見させた幻だったのだ。
私から栄養を横取りするため、そういう幻覚をみせた

のだろう。
 彼女が来てくれなければずっとこの状態だったに違

いない。
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「あいたたた、乳が張るわ。」
虫に取り憑かれていつの間にか巨乳になっていた。
 栄養状態が悪いと自分にも栄養が回ってこないので、

虫はそうなるように私を刺激したのだろう。
 このことを知ったら、変に悪用する人がいるかも知れ

ない。
「ちょっと待って、私がしぼってあげる。」
 パルルはそういって胸の上に乗っかると、ゆっくりとほ

ぐしてくれた。
 この痛みは女にしかわからない。
 「戦争が終わったら本当の赤ちゃんが欲しいわね。」
ニセの子供だったけど、この1ケ月の間は確かに幸せだ

ったように思う。
 私は大きくなった胸を眺めながら、そう独り言をつぶや

いた。
 




リアルなフクロ虫(黄色い部分)。カニの卵のふりしてい

ます。


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(実は一つの話を完結して他の話へ行くという手法を

とっておらず、いくつかのシリーズを並行して書いて

いますので、目次をご覧になった方がわかりやすい

かと思います。きまぐれで他のシリーズへ飛びます。)


増刊号の「山池田」です。

現在、なぞの物質・「福田樹脂」載せています
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(山池田は登山日記と、自分では今一つと思っている話を

載せています。掲載は不定期です。)