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創作劇場

ブログではないです。
ゆっくりと創作してます。
日本での平日のみ更新します。(たぶん)

大学の実験室、卒業研究の引き継ぎをした後輩が


割れた試験管を持ち帰りたいと言った時か。


バーナーで何度も修復をした試験管の


その模様はドリームキャッチャーのように魅惑的ではあったけれど


もう過酷な実験には用を足さないほどヒビ割れていた。



一輪差しにすると言うのでポリマーコーティングを施して渡すと


彼の中で何かが生まれたらしく、今では手作りの雑貨店を経営する道を選んだ。


おかげでなのか未だに研究は完成しない。


真面目過ぎるきらいがあって、完璧すぎるノートを取っていた。


思えばノートを作る。と言うのが後輩の終着だった気がする。


そう言えばノートは何故「大学ノート」と言うのだろう。


大学で使っている人間は後輩くらいしか思い出せないが。



老いたな。


と自然と思った。


社会から隔絶した研究室で過ごす日々は


同年代より遥かに老化速度を緩め、私を年齢不詳にさせてはいたが


鏡に映す自分の比較対象は、また自分。


もう基礎化粧だけでは保湿が続かない。


春先の紫外線は予想以上にダメージが大きく


油断するとアレルギー反応を引き起こす。厄介な代物だ。


キッチンでサイフォンが湯を上昇させ終える音がした。


アルコールランプを引き抜き蓋をする。


家の中まで実験器具を使うなんて酔狂な。


そう言ったのは誰だっただろうか。


もしかすると私だったのかもしれない。

思いは過去に捕らわれていても日常生活は習慣の上に築かれている。


熱いシャワーを浴びた後に洗面台に映る自身の姿をまじまじと見つめる。


この鏡は、いったいどれだけの私を映してきたのだろう。


1Kながらも10畳と広いこの部屋で一番気に入ったのは、このバスルームだ。


シンクは広いが通路と一体になっているキッチンはいただけないが、


そのキッチン背面の引き戸に続くバスルームは脱衣所と浴室が独立しており


燦々と朝陽が差し込む清々しい造りで、脱衣所にある洗面台も洗濯スペースも


一人暮らしを前提に造られたとは思えないほど広々している。


一目で気に入ったのは、まだ学生だった頃。


それから10年。


変わらない清々しさで朝陽は残酷に過ぎた年月を浮き彫りにする。

理系であれば職があると思っていた。


研究職であれば一生の仕事になると思い込んでいた。


不確かなものを拠り所には生きていたくなかった。


思春期に高度経済と言われるものは砂上の楼閣だと知った。


就職氷河期と呼ばれる時代に理系の就職率は確かに上々だった。


卒業の年、男女雇用機会均等法が改正され採用枠は見た目に大きくなった。


そう。あくまで見た目での話だ。


どうしても過去に思いが捕らわれる。


今朝のように藍と暁の狭間に置き去りにされた時は特に。


東向きの窓を開けても、行先ははるか遠く。


坂の上に立つアパートのため、2階建てにしては見晴らしはいいが


同じ国内とはいえ海を隔て約1000km先のかなた。


そのうえ厳密にいえば行先は東ではなく北東の方角だ。


通りからバスの通る音がする。


近い将来の行先よりも、現実の今日の仕事に視線を戻せ。


ここで失敗して関東行きが無効になっては目も当てられない。


やっと期間契約ではない研究職員にありつける道が見えたばかりだ。


たとえそれがアシスタントからのスタートだとしても。


契約更新7年目。


今年が最後の年だった。

夜明け前に目覚めた。


藍より淡く、暁より深い空の色。


時間の狭間に落ちたような錯覚に捕らわれる。


サイドテーブルの時計と暫し見つめあい、ようやく刻の流れを認識した。


秒針のあるアナログ時計が必要だと思いつつ、もう何年も経った。


ベッドから降りると、盆地の朝はまだ少し肌寒い。


越してきた時すでに10年が経っていた木造アパートは、もう築20年。


人のいい大家がそれなりにメンテナンスをおこなっているが、老朽化による隙間風は皆無ではない。


しかし、この10年間の我が家とも、あと1カ月で別れを告げることになる。


東の朝は今より少し寒くて早いのだろう。