創作劇場

創作劇場

ブログではないです。
ゆっくりと創作してます。
日本での平日のみ更新します。(たぶん)

Amebaでブログを始めよう!

ボロが出ないうちに。


と内心泣く泣く、早々と切り上げ


その後の1週間は誰に言われるまでもなく


完璧に地に足付かず浮かれていた。


挙動不審過ぎて、朝のホームであの人に


制服姿がばれてないのが不思議なくらい。


11月最後の週末。


いつもの遊水公園を


心の中はスキップでジョギングしていた


この視界には、ついにあの人の姿を捉えることができなかった。

あの人が、見ててくれた。


・・・・はっ!と、言うか、ストーカー並みに見てたのがバレた?!


アツくなった心から血の気が引く。


今度はこっちが盛大なくしゃみ。


「すみません。トレーニング中に立ち止まらせて…」


恐縮するあの人の声にこっちが恐縮する。


「いえ…机に向ってるばかりだと体が鈍るから走ってるだけで…」


実際この時は受験を前に、週末の息抜きにしか走っていなかった。


「机仕事なんですか?」


「ええ、まあ」


と応えて、学生とは言いだせなかった。


「大変ですね」


とまで言われて訂正できなくなった。

「すみません」


ショールがかかる瞬間、あの人の肩がピクリと揺れた。


決して、たぶん、やましい気持ちはないのだけれど


こちらの方が、ごめんなさいと思ってしまう。


「…寒くなりましたよね」


会話に詰まると気候の話をするのは全国老若男女同じだろうか。


つい、そう囁くと、あの人の肩が先程とは違う感じに上下に揺れた。


思わず首を傾げると


「いつも元気だな。と思って見てたので、意外です」


たぶん、あの人の笑顔には見えないミサイルが付いている。


そして『いつも』と『見てた』の連鎖攻撃。


これには言葉が詰まる。


北風の寒さも感じないくらい体中が熱くて顔がニヤけてしまうのは、絶対不可抗力だと思う。

あの人の本を手繰る動きに風が協調して


その肩からショールを滑らせる。


ベンチに腰かけていたあの人よりも


あの人を見つめて走っていた者の方が


反応は早くて当たり前で


運よく足元に滑り落ちたショールを何気ない風を装い拾った。


「…ありがとうございます」


急に出した声だったからか、あの人の声は少し掠れていた。


そして、小さなくしゃみを立て続けに数回。


「大丈夫ですか?」


拾ったショールをふわりとその肩に広げる。


羽衣のようだと思ったのは、他人に言われなくても欲目だと知っている。

遊水公園の南東のベンチ。


あの人はいつも何かの本を読んでいる。


文庫本の小説であることも、経済誌であることも、科学雑誌であることも、あった。


あの人は何が好きなんだろう。


何に興味があるんだろう。


どこかに共通点や会話の糸口がないだろうか。


遊水公園の北東入口を抜け、公園北半分の反時計回りのコースから


時計回りに南端までの折り返しコースに変えてから


頭の中はあの人のことで回り始める。


午後でも公園のベンチでは風が肌寒くなってきた11月半ば。


あの人の声を初めて聞いた。




あの人に気付いたのは朝練がなくなった、7月終わり。


どこにでもある、いつもの朝の風景に、あの人は、いた。


OLという雰囲気も学生の気配も家庭の風もしない、不思議なあの人。


たまに手に持つ封筒が、いつも同じ会社のものだと気付いたのは8月。


それが地元でも割と有名な財団法人の研究所のものだと気付いた9月の始め。


理系進学コースでよかったと心から思った。


あと最短でも5年。言いかえれば最低でも5歳の差。


幸い一見しても十代に見られたことがない外見だけれども。


何とかして、あの人の視界に入りたいけれど


馬鹿なことをして白眼視されるのは、ちょっといただけない。


秋の風情も手伝い悶々とした10月の秋空の下、


遊水公園のジョギングコースを変えた。


変えたら、視界も変わって、あの人が、いた。

最近、気になる人がいる。


朝、降りる駅の反対ホームにいる、あの人。


少し早い電車だと坂道を降りてくる姿が見れる。


束ねた髪の毛先を可愛らしく弾ませて、降りてくる。


早朝補講の日は見れなくて、さみしい。


寂しいと気付いて、意識するようになった。


無意識に探していた視線を自覚した。


恋だと思ったら、脈拍が早くなって病気かと疑った。


たぶん、年上のあの人。


いつも遠くを見つめる目をしている、あの人。


どんな声をしているんだろう。


近づきたくて、近づけなくて、間の線路はたった2本なのに、とても遠い。


制服のままじゃ、ダメな気がする。


かと言って、朝以外にあの人には会えない。


と、思っていた。

結局、押し切られて敗北感。


「うっし!」


先輩のGTは軽快に社用駐車場に止まる。


「正面だけしか見てないと大事なもん見落とす時があるぞ」


先輩はそう言うけれど。


「先輩こそ彼女だけしか見てなかったじゃないですか」


「いいから。少しは周りを見てみろ」


余計なお世話だ。


「今日もありがとうございました。帰りは寄る場所あるんでいいっす」


捨て台詞のようだと思いながら車を降りる。


「明日のは、また連絡するからな」


背後に先輩の声が聞こえる。


仲がいいと誰かが言う声も聞こえる。


先輩のパートナーが私ではないという事実はあまり知られていない。


今朝、先輩が放つ発言から生まれる憶測は、格好の周囲の娯楽になるのだろう。

「一途と思い込みは違うからな。待ってても帰って来ねーよ。だから、明日出てこい」


先輩はいつだって容赦ない。


知ってる。私の待つ人は、もういない。


「忙しいんですって」


働く女子の休日は貴重で慌ただしい。


「家事して保存食かとんぼ玉作って本読んで散歩行くだけだろ」


ええ。その通りですが、だけと言うには忙しいじゃないですか。


「じゃあ雨が降ったら散歩行けないから出てきますよ」


明日の降水確率は10%


「嘘だろ。お前が気圧が下がる雨の日に出掛ける訳がねーよ」


これだから付き合いの長い先輩は面倒くさい。


「・・・・・・・・夕方前にお茶くらいなら。」