息子、3月生まれ。
たま〜〜に、
「 3月生まれなの? あー、それはちょっと可哀想やねぇ〜 」
というように、ご本人は全く悪気が無いのでしょうが、サラッと言われる事があります。
そう言われる事に対して、私自身は気にした事は無く、
「 へぇ〜、そうなんですかねぇ?? 」くらいのものですが、
私は、どうもこの「早生まれは可哀想」という概念が不思議で仕方ないのです。
妊娠中、産婦人科で妊婦健診の待ち時間中、少し離れた席で雑談中の妊婦さんが、
「 3月生まれは絶対可哀想やんなぁ〜。」
と仰っていて、
「 おぉ、、! 出た、早生まれ可哀想説、、!」
と思って耳ダンボで聞いていたら、←こら。
どうやら、4月や5月に生まれた子との成長の差が大きい為、劣等感を感じるから可哀想という理由だそうで。
そして、更には
「 でもさぁ〜、4月、5月生まれの子も可哀想じゃない??
成長が1番早いから、何でも出来て当たり前って思われるやん?」
、、え?! そうなの?
そんなん思われる??
ていうか、早生まれは可哀想で、4月、5月生まれも可哀想、、
じゃあ、
何月に産めば良いんですか?!
6月から12月の間限定???
もう私、こういう考え方本当に理解出来なくて、、!
だってですよ。
与えられた環境って、人それぞれ違うわけです。
兄弟の有る無し、両親の有る無し。
経済的余裕、地域性、保護者の教育の方向性。
そして本人の気質、身体のハンデキャップなどなど、、
物質的に恵まれたからと言って、必ずしもそれが本人の生きる力を後押しするとは限らないし、
逆に、物質的に恵まれなかったからこそ、自らの力で掴み取ろうとするハングリー精神を身につける子もいる。
早生まれでも身近にお手本になる子が沢山いる環境で、どんどん刺激されて成長していく子もいれば、
4月5月に生まれた子で、周りよりも出来る事を自信に変えて成長していく子だって多いでしょう。
与えられた環境で、最大限の花を咲かす。
結局はそれしか無いわけです。
子供は毎日を全身全霊で生きていて、本来自己肯定感の塊なわけです。
どう逆立ちしても変えられないものを、
「可哀想」だ何だのって、色眼鏡で見ているのは
大人だけ。
子供は、子供の人権さえ守られていれば、
幸せを感じて生きていけると思うのですが、、。
「早生まれ可哀想説」に、ここまで違和感を感じるのは、私自身が3月生まれだからかもしれません。
子供の頃、自分の事を早生まれだから可哀想だなんて、一度も思った事ありません(笑)
そもそも、そんな事に気付いていなかったのかな?
勉強や運動で劣等感を感じる事も無かったし、
強いて言えば、大人になってから、
「 そう言えば、クラスで足の速かった子は見事に4月5月生まれの子だったな、、!✨」
という事実に気付いて感動しましたが 🥺(笑)