(参ったな…また雨かよ…)

猫は空を恨めしそうに眺めた。


(猫は水が苦手って事になってるからな…)


飛び乗った塀を降り雨宿り出来そうな処を探す。


思わず二本足で歩いている事に気付き 慌て手を着いた。


(…っと!アブねぇ!つい昔の癖が出ちゃったょッ!)

辺りを見回して誰も見ていない事を確認するとホッと一息ついた。


(こないだもつい子供を怒鳴りそうになっちゃったしな…)


猫は2日前の事を思い出して苦笑いした。
石を投げつけてきた子供に説教しようと近づいたのだ。頭に来ていたのでつい二本足で子供の方へ歩み寄った。


子供の顔がみるみる内に青ざめひきつって行くのがわかった。


「こらぁッッ!」

と叫んだつもりだったが…

「フギャーッッ!」

だった…

その声に我に変えると…子供が泣きながら逃げて行くのが見えた。



猫の中身は昔 人間だった…



死んでも死んでも、ゲームがリセットされるように生き返ってしまう…
それまでの記憶だけ確かで…ただ『入れ物』はその度に替わる。

こないだまでは蝶だった。ヒラヒラ舞うのは楽しかったが思った以上に…腕…羽根が疲れた。花の蜜を吸うのもこれまた…舌…が疲れた。

(優雅に舞ってるようで…必死なんだな…)

人間でいた時の記憶…段々薄れて来ていたが…を思い出して苦笑いした。


身の危険を感じると否応なしに近くにいる『入れ物』に移ってしまう…

最初は何がなんだかわからず…記憶を頼りに人間だった頃の住み処へ行って見たが…その時オレはヤモリだった…記憶にある『入れ物』は動かず死んだとわかった。辛かったのは女房だった女がさめざめと泣いていたのを見た時…ではなく…皆が帰った後に生命保険の受け取り金額を見てニヤついているのを見た時だ。


腹も立ったが…今はヤモリ…
ホウキで叩かれる前に去った。

(アバヨパー幸せにな…)



その後は…何回『入れ物』を変わっただろう…



少しずつ人間の時の記憶が薄れて行く事に焦りはあるが…自分ではどうする事も出来なかった。


さて、今日はどの辺をぶらつくか…



(…おっ!!彼女、来てるな)

野良猫のオレは食べ物に飢えていた。どちらかと言えば動きがノロマなオレはどうも野良猫には不向きなようで…あちこちさ迷い やっと餌付けしてくれる彼女を見つけた。
と言っても…彼女のくれるエサを狙っているヤツは多くノロマなオレはほんのオコボレにしかありつけない…でも今日はチャンス!
まだ他の猫は来ていない!!

(やったぜ♪一番乗り!!)


通りを渡り彼女を目掛け一直線ッ!




キキーッッ!


勢いよく飛び出したオレの目に車のタイヤの迫るのが見えた。

(うわッッ!…しまったッッ!猫ってのは後戻りが出来ないんだった!)




キャーッッ!


猫のエサの皿を落とし駆け寄ったが飛ばされた猫はピクリともしなかった。
彼女は胃の辺りが熱くなるのを感じその場に座り込んだ。後から後から涙が溢れて来たが強くなってきた雨が降り注ぎ、涙と一緒になって頬を濡らした。



ソッと背中を撫でてみたが、雨に濡れた猫はやっぱりピクリともしなかった。







(ん!)

仄かにレモン…柑橘類の匂い…

(あの人!?)

唯はすれ違った男を振り返って眺めた。

「何!?」

舞が同じように振り返った。

「あ~何でもない…それよりさぁ~夏休みどうする?プールか海か~」

「とりあえずプールっしょ!」

「了解!水着も買ったし、後はダイエットアップ

「何言ってんだか!唯、十分痩せてんじゃん!」

「最近太ったんだょダウン

唯はお腹周りを擦って口を尖らせた。


(それに…今年は絶対決めてる事、あるしね…)



横目で舞を見詰める。
少し伸びた髪は素から茶色く瞳も同じように茶色がかって大きかった。最近は当たり前にアイメイクをしている中学生もいたが必要のないほど美しい瞳をしていた。


(…ムカつく…)



小学生の時から一番仲が良く、そして一番ムカつく相手だった。



(絶対 盗んでやる…)



唯に彼氏が出来てすぐに舞にも彼氏が出来た。

唯の彼氏は高校生で

「いいな~舞も高校生の彼氏、欲しい!」

唯が打ち明けて一週間もしない内に舞にも彼氏が出来た。

「舞のも高校生アップ


なんでも真似ばかりするイヤなヤツ…

でも…


中学に入って二年…人数も少ない学校では もう仲良しグループが出来上がっている。
休み時間に1人でいるのは惨めで嫌だ。


とりあえずの友達…


(でも ウチはアンタが大嫌い!)



「いつにする?夏休み入ってすぐ!?」

「いいね~じゃあ…23日」?」

「うん!彼氏に聞いておくアップ楽しみ~!!」

「じゃぁ ウチも聞いとくアップ…あッ!!ヤバィよッ!急ごッ!遅刻んなっちゃうアップ


…周りから見れば仲良し…

(でも ウチはアンタが大嫌いッ!)


唯は笑いながら…覚めた目で舞を見詰めた。




「あッ!着信ッ!こんな時にぃダウン彼氏~唯、ごめッ!先に行ってていいょパー



「あ…ヒロくん!?」

唯が走って行く後ろ姿を見詰めながら続けた。


「うん、プールの日にち決まったょアップうん後でまたメールするけど…うん、…いいのいいの、やっちゃってょ!あ…舞には内緒で誘惑…するんだよアップうん…」


舞は本当に楽しそうにクスクス笑いながら言った。


「散々遊んで、捨てるんだよ~ふふ…だって~舞はぁ~唯の事、大嫌いだもんドキドキ


舞の声に驚いた猫が塀の上に飛び乗り 空を見上げた。

…また雨が降ってきた。






目覚ましが鳴ってる…

(起きなくては…)

体が重い…昨日 飲みすぎたせいか!?

ゆっくり体を起こし ぐぅーっと伸びをした。

手洗いを済ませ歯を磨く。

(歯ブラシはもう少し硬めのがイイって言ってるんだがな…)

歯ブラシをくわえながら妻の葉子の寝室を覗く。カーテンはまだ閉まっていて静かな寝息が聞こえる。

(俺より遅かったのか…)



結婚して9年目。子供が欲しいと思い始めたのは結婚して3年が過ぎた頃だったか…だがその半年後には夫婦の関係は変わって行った。

『残念ながら…』

妻の葉子の子宮では子供を授かる事は出来ないとの事だった。

正直、男は冷静だった。

(そうか…俺に似ているかもしれない俺の子供…見る事は出来ないのか…)

医師の宣告は他人事のようだった。

だが…葉子はそれを直球で受け止めた。
泣く事から始まった。涙が渇れる頃には酒に走った。男の存在を感じる事もあった。
仕事を始めたのは四十が迫って来た…それだけではないだろう。


この景気に輸入品の雑貨を扱う店なんて…そう思っていたが安価で可愛らしいペットグッズが当たり軌道に乗った。
そして独立…を目の前に相棒が妊娠した。


葉子はまた泣く生活に戻った。だが…今の葉子は俺の前では泣かない。俺に悟られないように静かに静かに泣いている。この9年間にそれだけ葉子は強くなったということか…

多分、大丈夫だろう。
新しい相棒の話しも聞いている。きっと立ち上がり前を見据えて歩いて行ける…葉子はそういう女だ。


(さて…今朝は会議が入っている)


柑橘系のコロンをつけ頬を打って気合いを入れる。


葉子の寝室のドアをソッと閉めた。

(愛してるよ)


外に出るとどんよりした梅雨空の隙間から光が漏れている。

中学生だろうか…笑いながら楽しそうに歩く2人とすれ違った。


(来年には俺に似た子供が産まれてくるんだ。しっかりしなくちゃな…)