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北海道 札幌
サイグラム® と コーチングで
「本来の自分で生きる」
「楽しい毎日」
「笑顔のコミュニケーション」
「思春期に差がつく親子関係構築」
「否定しない人間関係で上手くいく社内」
「得意不得意を上手に活かす教育環境」
それらを可能にする
コミュニケーション向上のプロ
川口 美穂子 です。
2017年も終わろうとしています。
どんな一年だったですか?
どんな一年であっても
今、こうして生きていること
なんやかんや言っても
紅白が観られること、
ガキ使が観られること、
そんなことを喜んで
ただただ
今、やりたいことをして過ごしましょうよ。
明日が元旦だろうが
何だろうが
今を精一杯生きる。
それだけでいい、と
思いましょうよ。
一人親家庭だと
ほんとうに大変な状況にある方が
いること理解できます。
我が家は私の両親も亡くなっているので
「来たよ~」って玄関に飛び込んで行って
「よく来たね~」とか
「大きくなったね~」とか
そんな風に歓迎してくれる人は居なかった。
自分達の為に
食べきれないほどの好物を
用意してくれる人もいなかった。
子ども達が不憫だ、と言う思いにかぶせて
自分も不憫だったな。
その状況は今も変わらずにあるけれど
気持ち、っていうか
考え方は変化してきました。
先日ね、あるアーティストのラジオで
こんな話を聞いて思わす吹いたんだけど
すごく考えさせられました。
子どもの頃のお年玉が数万円だった、とか
いう話の流れで…
A「コイツんち、お年玉が50円とかだったよな?」
B「うん」
A「そして、その50円で買ったガムを
朝から一日中噛んでんの」
B「そうそう。半分に割れるのを買って
一日目に半分、次の日に半分」
これって平成の話だからね。
この幼馴染同士の会話。
どこにも悲壮感がなくて
ごく当たり前の思い出話になってる。
この話が美談でも苦労話でもなく
“ただ”思い出話になってるのは
どこにも評価が入ってないからじゃないか?
って思うんですよ。
貧乏だから、とか
変だ、とか
そんなことを当時は
思ってなかったからじゃないか?
そう思うんですよ。
今は自ら「貧乏だった」とか
「生活環境よくなかった」とか
言ってますが、
子どもの頃は自分も周りも
そんな評価する言葉を発しなかったんじゃないかな。
評価を加えなければ
事実がそこにあるだけ、なんだよね。
それが子どもを育てるには
一番必要なことじゃないか?
私はそう思うんです。
これって裕福か否か
両親が揃ってるかいないか、
それに関わらず
意識していくと
自分が楽になることに気づく。
○○が買えたから良かった
○○が出来たから優秀
○○が出来ないからダメ
○○がないから悲惨
自分が自分のことを思うのは構わないさ。
でも誰かが評価するのは違うんじゃない。
そして私たち“親”が一番気をつけたいのは
子どもが言ったことに評価を返すこと。
例えば↑のラジオの会話。
もし、自分の子がね
「友達のBんち、お年玉が50円なんだって」
と言ってきたら、どうします?
「あら、かわいそうね」なんて
言ってしまいませんか?
この瞬間、この子の中で
B君は可哀そうな子になってしまう。
きっと大人になって人前で話せる思い出ではなく
触れてはいけない過去になっていたかも知れません。
そして、自分がB君の親だったら?
「自分の子が可哀そう」とか
「不憫だ」とか
そして
「自分が悪い」って言うところにまで
評価が及んでしまうことも。
自分の判断基準って
必ずしも皆が一緒じゃない。
お年玉が少ない、と
かわいそう、は
イコールじゃないからね。
私も長い事、それに苦しんだ。
でも今、息子達それぞれが
自分で稼ぎだすようになったら
お年玉なんてどーでも良くなったみたいで。
(学生だけどバイトでイイ給料もらってるのよ)
そりゃ、貰えるなら貰えるでラッキーだけど、って
その程度です。
唯一、お年玉が期待できた
父方の祖父母のところにも行かなくなりました。
お年玉の価値観が下落したのでしょう(笑)
そうは言っても
子どもが小学生だったりしたら
親としては心が痛むよね。
そんなときは、こうしてみて。
心が痛むからこそ
子どもの凄いところを見つけよう!
子どもは絶対に貴女の頑張りを見ています。
だから金額の大小に目を向けてないよ。
それより普段はもらえないお金を
貰えたことを素直に喜んでると思う。
自分は心が痛くなるような金額を
喜び、そして大切に使おうとする姿を
見て下さい。
それが500円なら500円なりの
工夫をするはずなんです。
その一部始終を見守って下さい。
私は心理学者でも
幼児教育の専門家でもないけれど
その体験は子どもに自信をつけてくれると
思うんですよ。
そして、その自分の工夫や考えに
称賛をもらえたら
これ以上、嬉しいことはないと
思います。
ちゃんと金額内で
自分の欲しいモノを選べたこと。
それは褒めるに値することよ。
この頭の使い方は絶対に大事!
そして、もう1つ。
子どもが嬉々として
欲しいモノを探し選ぶ姿に
私たちは笑顔をもらえます。
子どもが無心になってる姿は
いいものですよ。
ちょっとだけ余裕が出ると
その姿に逞しさを感じるようにもなります。
そうすると自然と自分も勇気が出てくるんです。
こうして子どもの成長が
親をも成長させてくれると
私は実感したし
きっと大丈夫なんだ、って思ってる。
大晦日、楽しい気持ちで過ごす人ばかりではない。
それでも平等に訪れる365日の締めくくり。
少しでも笑えたらいいな、と思っています。
いろんな人がいていいのさ。
どーしても辛かったら連絡下さい。
