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北海道 札幌
サイグラム® と コーチングで
「本来の自分で生きる」
「楽しい毎日」
「笑顔のコミュニケーション」
「思春期に差がつく親子関係構築」
「否定しない人間関係で上手くいく社内」
「得意不得意を上手に活かす教育環境」
それらを可能にする
コミュニケーション向上のプロ
川口 美穂子 です。
今年って
今日と明日だけ、だね。
大掃除だ、
買い出しだ、
おせち作りだ、と
皆さん、忙しいのでしょうね。
私は何年も前から
何も用意しなくなりました。
ただ、元旦の朝に買い物は面倒なので
お雑煮の用意だけはしますが。
これもファミレスとかに
お雑煮がメニューにあったら
もう完全に家では作らないかもな![]()
こんな風にしきたり云々を
一切やめたのは
親子三人になったと同時に
私の両親が相次いで亡くなり
二年連続で喪中だったことに端を発し、
「ある」ってことに感謝出来るようになったからかも。
どういう事か?っていうと…
親子三人になり
毎日の生活で精一杯なとこに
実家の両親が亡くなって
帰るとこも頼るとこも無くなった我が家。
それまでのような
正月の用意は出来ないけれど
子ども達が可哀そうだ、という
イイ親でありたい自分の満足のために
無理やり、お重の用意とかしてた。
これって「無いもの」にしか
目を向けてないから
何とかして用意しなきゃ、と言う
頼まれもしない義務感に駆られてのこと。
父親がいないと満足なこと出来ない、とか
母(私)一人だと正月すら一般的には出来ない、とか
「無い、無い」で頭いっぱいだった。
それを自分が見たくないから
無理にで用意して頑張っていたんだな。
今はね、そんなのが一気に抜けた。
なんの気負いもなく
「何が用意できなくても」
家族が全員、元気で一年を終われること。
元気で新年を迎えられること。
それだけで満足だわ、と
言えるようになったんだよね。
そして、そんな正月の設えが出来なくても
何も変わらないんだ、ってわかっちゃったからね。
前は本気で
「ちゃんとお供えを上げないと罰当たる」って
思っていたけど
思い切って止めた年に
何も悪い事は起こらなかった。
「あ~、大丈夫なんだ!」
それが分かったことで
大事なことは何だ?と考える余裕が出来たのも確か。
決して、お正月を無下にする必要はないけれど
それが負担で辛い、って方がいたら
我が家の例もあるよ。
実は私の母は12月30日、今日が命日。
30日の夜「おやすみ」と
普段通りに自分の部屋に行き布団に入った母は
大晦日に目覚めることはなかった。
医者いわく「自然死です」とのこと。
それも布団に入って直ぐに心臓が止まったらしいって。
あの時過ごした「正月三が日」は
思い出すのも嫌だな…
そんなに意識して生活してないけれど
「今日を無事に終えること」
「明日が無事に迎えられる」
これは何の保障もないんですよ。
セットにもなってない。
だからね、今、自分の手元の
「無い」ことに
目を向けて悲しんで嘆いて一日を過ごすより
「有る」ことに目を向けて
喜んで一日を終える方がいい。
それをアレコレ言う人って
絶対に一定数いるんですよ。
枝豆には必ず
中身のない房があるように(ちがう?)![]()
目の前の笑顔があるなら
我が家はソレが正解。
一人で悩まないで
辛くて大変な時は相談して下さい。
