言語の役割
言語と記憶
実際に起こったことは、自動的に自分自身の記憶になります。実際に自分自身に起こっていないことは理解する事により記憶していく事になります。
実際に自分に起こっていないことを理解するには、言語を通して他人の記憶を理解するしかないでしょう。言語は他人の記憶を追体験する道具と言えます。学習
の目的は理解する事と考えられますが、理解する事はありありと記憶する事であると定義すれば、「記憶できればいいのだ」といえます。
ある人に起こったことを言語を通して伝えるには、少し工夫が必要です。実際に起こった出来事は、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚などの様々なインプットを伴
います。すべてを言語化することは、情報量が多すぎて不可能でしょう。ですから生の情報からポイントを絞って、さらに圧縮した形で言語化して発信し、受け
手はそれを復元できなければなりません。そして、それが記憶されて初めて理解したことになります。
言語を通して記憶するには、次の2つの方法があります。
①言語を復元してありありとした追体験をすることにより自動的に記憶されます。
②あらかじめ記憶すべき事だけを言語化して言語を記憶します。
第①法はなるべくたくさんの情報を伝える事により追体験を促します。短時間でたくさんの情報をどのように送り込むかがポイントになります。ドットパターンをそのまま転送する感じですね。
第②法はポイントのみを伝えますのでポイントの選択によっては誤解が生じます。コード化して転送する感じです。お互いが同じコード表を持っていないと情報の復元ができません。
私は、英語は第①法で特に視覚情報を重視しているように思います。
それに対して日本語は第②法で言語化していると考えています。
文章作成の前提条件
文章はモノや出来事を言語化した結果です。文章はそれ自体が自然に発生したものではなく、モノや出来事と話し手と聞き手の間での情報伝達の過程に存在しているものです。
話し手は自分以外の聞き手を意識して文章を作っているでしょう。聞き手は自分以外の話し手を必ずしも想像して文章を読んでいるわけではありませんが、大前提として受け入れられているはずです。
文章はモノや出来事を言語化したものですが、言語化する際の話し手の意識も言語化されています。ある出来事に対する情報を話し手の視点から意味づけされたものにすることができるようになっています。
また言語化の仕方としては、次の2つの方法が考えられます。
1つ目は話し手が見たモノや出来事を中心に言語化した場合
2つ目は聞き手にモノごとを記憶できるように言語化した場合
これらを念頭に入れて考えていきます。