先週の日曜日は初の対外試合。
代々木のオリンピック記念なんチャラっていう会場で千葉、神奈川、埼玉、東京あたりのチームがたくさんいました。
さて、一真君。
2本負けと、引き分け。
まぁよく分けたよなって思う。
見た感じ、全然レベル違ったのに、、、
で、その試合で素人ながらに私が気付いたのが、かかと。
強いなって思う子は試合中絶対かかとが床につかない。
一真先生はほぼついてる。対峙しているときもついていて、面をとりに行くぞって思ってからあがる。
その時にはもう相手は最初からかかと上がっているから、時すでに遅し。みたいな。。
だから、試合後初の稽古(木曜)前に言った。
「今日はとりあえず、ずぅっとかかとをあげるのを目標にしなさい」
「それだけ?おっけー」
終了後、、、
「ぜんっぜんあがってなかったけど??」
「だってさ、最初頑張ってあげてたのに、ママ見たら全然見てないんだもん」
いや、見てたよ見てた。ぜんぜん上がってなかった。
でも確かに途中、お話してたよ。
でもさ。
「あんたさ、なんのためにそれをやるわけ?ママがみてなきゃやらないの?」
「そうだよ」(あっさり)
「あのさ、かかとあげたほうが絶対に強くなるから、言ったわけ。カズは強くなりたくないの?」
「・・・」(不満顔)
で、今日
「今日も、かかとあげるの目標ね。」
「じゃ、見ててね」
「見てるよ、見てる。だけどさ、あんたは何のために剣道やっているわけ?ママを喜ばせたいってことなの?強くなりたいんじゃないの?」
「強くなりたい」
「じゃぁ、見ていない所でもやらなくちゃ強くはならないでしょ」
「・・・」(不満顔)
何でもそうだけど、最終的には「誰かのため」にやった時のパワーってすごいものがあるけれど、子供の習い事が「親を喜ばすため」っていうのが、いかがなもんなんでしょうか。
まぁ、少なからずあるってわかってるけど、それが第一でいいのでしょうか。。。
親としては、子供が自分からやりたいと思っていてほしい。
実際、始めるときはそうだったわけだし。
でも子供が「やりたい」と言った時、ある程度親の願望が入った取捨選択を仕向けている。
「やりなさい」といえるものは親もある程度やってほしいからで、やってほしくないものを言われたら、「こうこうこういう大変さがあるけどやれる?」とか「じゃ、3年生になってもやりたかったら、やっていいよ」とかなんとかいって、やらせなかったものもある。
だからこそ、今回のカズの発言は私的に結構、きついものがある。
それと同時に「ママを喜ばせたい」という気持ちでやっていることを否定すべきか、否かも分からん。
素直に「あら、優しいね、ありがとう。ちゃんっと見てるから頑張ってね」っと言うべきだったのか。
はて、、、
これについては、剣道以外、カズ以外にも言えるので、また書こう。
ほんと身体的な心配が減ってくると精神的な心配が出てくるなぁ。
いや~親って、むつかし。
