先日ネットを検索すると、大阪弁護士会所属の阿多先生が最高裁判事に就任された記事を見かけました。
 
実は、村上は阿多先生とは長い付き合いで、村上が20歳の頃、実に38年前に遡ります。当時大学2年だった村上は、新大阪にある東京法科学院というニッチな司法試験予備校に通っていました。論証マニュアル型の予備校が幅を利かせる中、比較的学術系の予備校で、大学の先生の講義も多かったです。
 
ちょうど基礎コースとして一年半、憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法のインプットコースを終えた後、大学2年後期から論文試験に向けたアウトプットコースが始まり、その中で民法の論点論証と会社法の論点研究を受け持っていただきました。当時の阿多先生は司法試験に合格されたものの大学院で修士論文を書くということで司法修習を1年延ばされその間、東京法科学院で受験指導をして頂きました。
 
その際に使用したのが、画像左の基本問題セミナー会社法でした(もの持ちがいい)。通常であれば、効率よく論証パターンまみれの予備校作成テキストを利用するところ「参考文献が詳しいんだよ」ということで、ここから会社法に入っていきました。村上の文献探索好きは、ここらへんに由来するのかもしれません。会社法の基礎論点毎に阿多先生の論証スタイルを紹介頂き、こういうふうにして論証に深みと厚みを持たせるのだなと実感し、今でもその精神(だけでなく形式もですが)は、村上の準備書面、論文に生きていると思います。
 
その後も、学会等に行けば必ずお顔をお見掛けし、弁護士会の研修でも沢山学ばせていただきました。右のレジメは、その研修時の資料です。平成24年なので、会社法施行後(平成18年)5、6年経った後、ちょうどロースクール出身の弁護士も増えてきたことから新人弁護士向けの会社法の講義でした。意外に思われるかもしれませんが、商法・会社法は実は弁護士にとっては特別法で、仕事で現実に本格的に使われている先生は1割もいないのかなと思っています。村上も、独学が多かったので、一度基礎から聴き学を始めようと、有料コースであるにもかかわらず、足しげく全6回通い詰めました。当時弁護士2、3年目の教え子も受講者名簿にありましたが彼は仕事が忙しいのか一度も出席することなく、逆に村上は暇弁なのかと思いました。
 
会場での阿多先生の第一声が(新人向け講義なのに)「なんで君が来てるんだ」というもので、苦笑いしかできなかったのが思い出深いです。当時の村上は弁護士登録(平成9年)から15年目、当然ながらロースクールや大学で会社法を教えてましたし、大阪地裁商事専門部(4民)での仕事も増え出した頃でした。
 
調べてみると阿多先生も65歳、最高裁判事の定年は70歳なので、5年ほど激務ですが頑張っていただきたいと思います。
昨年末頃から、村上もそろそろ引退かなーと思い出していたのですが、今年になって、知り合いの先輩弁護士が更生管財人(会社更生法を適用された場合の破産管財人のような役割で、村上が弁護士として憧れる仕事の一つです。)になり、また阿多先生の活躍を目にし、もう少しあと2、3年は頑張って花を咲かせようと思いました。
 
 

今日は午後一から奈良でお仕事、普段使わない近鉄新大宮駅のオフィス街で、こちらの店でランチです。

これが今日の日替わり、これで700円にご飯大盛で+100円です😲。味も抜群、思った以上にご飯が多かったので一口あたりのおかずの量を調整しましたが、大満足でした。

サラリーマンも多く、きっと激戦区なのでしょうが、競争が増すと味もサービスも良くなった上、値段も下がります。消費者にとっては良いこと詰めで、競争を確保しようとするのが独禁法であり、公正取引委員会です。

憲法の理論的な争いとしては、これらが営業の自由の制限なのか、営業の自由を確保する公序=本質的なものなのか(カルテルが禁止されてるから自由な価格で営業ができる)対立はありますが、 また夕食時にも訪れたいと思いました。観光客相手が多い近鉄奈良駅とは違いますね😁
 

大阪市北区の大東洋というと、サウナ・カプセルホテルを思い浮かべますが、実は最上階に大きな宴会場があります。こんな薄いビルの「何処に~?」という感じです。
 
 

はじめて行きましたが、会場の写真です。先日、2月6日金曜日に、KGLC(ケージーリアルターズクラブ、関学出身の不動産関連業者の同窓会)の新年会があり、行ってきました(村上も、不動産関連法の取扱いが多いので、入会しています。)。
 
当日参加は、150人程ということでしたが、いい感じに収まっていて、それなりの広さです。これまでは、ホテル等の会場を利用していたのですが、新しい幹事の発案で、なんと会費が5000円に収まりました。反面、来賓を控えたようですが、逆に安いと若い方も参加し易いのか、かなり活気にあふれた会でした。不動産関連業者の集まりというのは、こうでないととも思います。席も、くじ引き順不同、これまでは卒業年度でかたまっていたのが、完全にバラけてしまい、最初はもじもじしていたものの、様々な方とお話ができて楽しかったです。
 
久々の参加でしたが、令和卒業者も結構いて、平成2年卒の村上は、知らぬ間に実は「ちょっと」上の方になっていました。昨年末から意識していたのですが、そろそろ終わりの始まりをしなければならない歳で、2年後60歳になるまではもう少し頑張ってから、後身に委ねていこうと考えました。昨日の選挙速報もみてもそうですよね。やはり元気なのは、50代前半まで、いつまでも若い「つもり」のままではいけません。
 
できるかな~( 一一)
 

〆は、当然、関学校歌「空の翼」で、応援団出身のエールから始まって、懐かしくも有意義に終わりました。