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Kuma the bearのブログ

ジェノグラフィックプロジェクトに参加し、遺伝子を検査することから自分のルーツを探っています。他には気まぐれに放射線量を測定し、その結果をアップしています。

現時点で母方祖父系のY染色体はO3aという結果が出ているのですが、文字だけを見てもいまいち理解ができないのでとりあえず原点に戻ってナショナルジオグラフィックのページに掲載してあるO3のデータを見てみました。



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ハプログループO(M175)の中でも青島方面に行くグループの他に途中で2つ枝が出ているのが見てとれるのですが、そのうちの中国広西あたりにある2本目の枝からO3のグループは派生しているようです。




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上の図から見てとれるようにO3もマカオのあたりで2つに分岐をしており、一つは上海方面韓国や日本に入っているようです。もう一つはベトナム経由マレーシアやインドネシアに行っているようです。

もちろん数万年単位ではありますが、私の母方祖父系は中国広西地域やベトナム、インドネシアなどの人と起源的には親戚なのかなと思います。


ここでジオグラフィックプロジェクトに書かれているO3の説明を簡単に和訳をしておきたいと思います。


このM122というマーカーは中国で1万年程前に誕生した男性が起源と思われます。この男性の子孫はかなり広範囲に拡がっていき中国人の半分以上の男性に広がっており、この拡大は農業の伝達にも親密に関連があります。O3に属している子孫は中国にて稲作を最初に行った人物の子孫です。東アジアにおける稲作の広がりは人口の爆発的な増加にも起因しています。日本や台湾、東南アジアに稲作が伝達された考古学的な証拠にこの人口の広がりも合致しており、このマーカーがこれらの地域に拡がって行ったものと思われています。定住のパターンと数種の農作物の開発もこれに時期的なものも地理的なものもあっています。考古学的には7000年程前に中国北部で雑穀農耕が始まったという証拠になっています。稲作はボルネオのインドネシア島々やスマトラなどに4000年程前に伝達されたと思われ、現在O3の分派はポリネシアなどで見つかっています。






パート3に続きパート4です。地図上の⑭~⑱までの計測結果です。


⑭ 宇津木橋 (0.09μSv - 13時06分)
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⑮ 記念橋 (0.13μSv - 13時12分)
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⑯ 鶉橋 (0.12μSv - 13時16分)
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⑰ 舞鶴橋 (0.12μSv - 13時19分)
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⑱ 若宮大通久屋 (0.12μSv - 13時25分)
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パート2に続きパート3です。地図上の⑨~⑬までの計測結果です。


⑨ 古渡町 (0.08μSv - 12時32分)
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⑩ 東本願寺名古屋別院 (0.12μSv - 12時41分)
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⑪ 東別院駅 (0.12μSv - 12時52分)
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⑫ 大井橋 (0.16μSv - 12時57分)
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⑬ 富士見橋 (0.15μSv - 13時00分)
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パート1に続きパート2です。地図上の④~⑧までの計測結果です。


④ 洲崎橋 (0.07μSv - 12時05分)
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⑤ 岩井橋 (0.15μSv -  12時10分)
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⑥ 日置橋 (0.10μSv - 12時14分)
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⑦ 松重橋 (0.10μSv - 12時20分)
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⑧ 山王橋 (0.13μSv - 12時25分)
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本日も散歩がてら計測をしてきましたので掲載します。計測は堀川沿いに南へ行き山王から東へ、新堀川を北上するというルートで18か所測定をしてきました。


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① 堀川 伝馬橋 (0.13μSv - 11時41分)


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② 堀川 天王崎橋 (0.17μSv - 11時54分)
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③ 堀川 新洲崎橋 (0.14μSv - 12時02分)
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