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Kuma the bearのブログ

ジェノグラフィックプロジェクトに参加し、遺伝子を検査することから自分のルーツを探っています。他には気まぐれに放射線量を測定し、その結果をアップしています。

昨日の続きで戸籍謄本や除籍謄本等からの家系図作成について書きたいと思います。まず一番最初にやらなければいけないことは自分の戸籍謄本を戸籍のある市役所等から入手してください。この時に抄本ではなく謄本を取る必要があります。


おそらくこの戸籍謄本などは活字で記入されており、解読も必要なく素直に読み取れると思います。ここから両親の従前戸籍がわかると思いますので、そこの市町村の役所へ次は問い合わせるということになります。

戸籍の住所が市町村合併等で現在の市町村名と異なっている場合もかなりあるのですが、私の場合は全てグーグルにて検索することで、合併後の市町村役所にたどり着くことができました。一番難しいのは記述が手書きの場合もあり、旧字を使っていたり、字が汚かったりで読みにくい場合があるので、この解読が大変かもしれません。しかし、特に深い知識もない私でもできたので、そんなに問題ではないのかもしれません。


また今のところ私が入手について問い合わせた役所は全て郵送による除籍謄本等の受付というのがありました。おそらく市区町村によって違う可能性もあるのですが、私の場合は


・ ダウンロードした郵送除籍謄本等送付依頼

・ 運転免許証等の身分証明書のコピー

・ 入手したい人と私の続柄が証明できる書類(祖父祖母でしたら両親の戸籍謄本のコピー)

・ 除籍謄本は1通750円なので、必要数分を郵便小為替で送付

・ 返信用封筒(住所氏名を記入し、切手を添付したもの)


を市町村役所に送付することで、現時点では問題なくかなり古い除籍謄本まで入手できています。場合によっては入手理由を記述するように指示があることもあるのですが、「先祖の供養」という理由で問題はないようです。実際に私の取得理由は先祖の名前や誕生日、死亡日、住んでいた場所等を知ることによって供養につながると思っていますので、このような理由になります。


また遺産の相続等の理由ではないので、故人の出生から死亡まで全ての除籍謄本や原戸籍などを取る必要はないので比較的楽にあつまりました。(実際には郵送期間も含め10日程度)。

4つの役所に今回申請をしたのですが、そのうち1か所は既に除籍謄本が廃棄されてしまっており、発行できない旨の文章が来ましたが、それ以外の3か所については、まずこちらからの申請書が役所に届いた段階で役所から電話があり、親切丁寧に対応をしていただき、申請書に書かれている戸主よりも古いものまで電話口で追加も受け付けてもらえました。


私の場合、今のところ除籍謄本や原戸籍を入手する為に郵送費も含め1万円もかかっておりません。除籍謄本等は以前は全ての人が除籍されたあと80年間が保存期間だったようですが、現在はそれが延期され150年になったらしいです。しかし、すでに廃棄されたものを戻すことはできませんし、年月が経過すればそれだけ廃棄されてしまう可能性が増えてきます。



とりあえず今回は若干テーマであるジェノグラフィックプロジェクトから外れるような、共通なような話なのですが、タイトルの通り戸籍謄本や除籍謄本からの先祖を知るということを書いてみたいと思います。もちろん先祖が貴族や華族、武家などの方の本家には代々受け継がれているような家系図があるのかもしれませんので、このようなことをする必要はないかもしれませんが・・・・・。


あいにく私の家系はおそらく農家の家系でしかも本家でもないので、そのような立派な代々受け継がれた家系図などというものもありませんでした。それこそ祖父も東京大空襲で亡くなっていたり、私が子供のころに亡くなってたりで名前すら記憶の片隅にあるかどうかのレベルでした。祖母の家に盆暮れは毎年のように行っていたのですが、その地域に住んでいる人が遠縁にあたる人であるなどとは話で少し聞いたようなことがあっても、どの程度なのかも知らないという感じでした。


グーグルなどの検索エンジンで家系図などと検索すると、行政書士さんが家系図作成の代行等をやっているようですが、やはりあちらも商売なので、かなり高額になるようでした。というわけで、自分でどこまでできるかわからなかったのですが、チャレンジをしてみた感じです。


今のところ結果としては以下のようになっています。

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もちろん個人によっては若干違いもあるのですが、本人から考え、血がつながっているということを考えていくと上の図のように高祖父高祖母の代で16名の方がいると思います。まだ依頼した全ての除籍謄本等が役所から届いていないのですが、現在で1838年に生まれた高祖母まで除籍謄本から読みとれています。


高祖父の場合は戸主として登録されているので、名前は書かれているのですが、誕生日までは記述がなく、亡くなった日は読み取ることができるというレベルまで私の場合はわかりました。江戸時代から明治時代になる段階で行われた大政奉還が1867年だったので、高祖母の生まれたのは年号的には天保であり江戸時代後期でした。


とりあえずは長くなりそうなので、実際の取得作業については次回にでも書きたいと思います。

私の検査結果は父方母方ともにY染色体のハプログループOに属していたのですが、本日の段階でハプログループOのプロジェクトに参加している人は101名いるようで、その分類は以下のようになっています。


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父方祖父系が属しているO2b及び派生には日本に先祖を持つ人しかいないのが不思議なのですが、母方祖父系の属しているO3系はアジア全域にいまだに広がっているようです。


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参加者全員が地図のほうのデータにプロットしているわけではなく(現時点で44名)上の表と同一にはなりませんが、やはりハプログループOというのはアジア全域に広がっており、その中でも南部に多いということがわかります。

先々週までは土曜日の昼過ぎに更新されていたハプログループの詳細検査ですが、今回は若干遅れて本日更新がされていました。



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今回も前回同様O3aという部分は変更なしでしたが、検査の結果ネガティブだったマーカーが増えました。

M164、M159、M300、M333という4つのマーカーがネガティブだったようでこれによりO3a1またはO3a3bのグループのどちらかであるとのことになります。現時点でファミリーツリーDNA社のハプログループOプロジェクトに参加しているメンバー(101名登録)にはこれらの2つのハプログループに属している人はいないようです。



まだ確定はしていませんが、父方祖父系(Y染色体)のハプログループはO2ではないかと推測しているのですが、先日ブログで書いたO3とはM175の部分まで同じでその先の分派が違うということになります。


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M175の線にある2つの分派のうち中国とミャンマーの国境近辺にある分岐から出て広がっていったのがO2のようです。


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M175から分派後ベトナム経由インドネシアに行ったグループやベトナムから中国南部へ戻ったグループ、同様にベトナムからインド東部方面に行ったグループがあったようです。


ここで先日のO3同様ナショナルジオグラフィックに記述されているO2の説明を簡単に和訳しておきたいと思います。


30000年程前に現在O2と定義されているP31というマーカーを持った最初の人が現れました。この男性はおそらく中国南部と思われる東アジアに生活をしていました。この男性の子孫が南方へ移住していったり、東に移住して韓国へ行き、北へ移住し日本へ行ったと考えられています。またこのハプログループは現在のタイやマレーシアなどの東南アジアでも一般的になっています。