地震発生時は大手町駅で地下鉄待ってました。
最初は知覚できるかできないかくらいの揺れ。
その後の揺れ方は、経験したことのないレベル。
地下にいるのは本当に怖く、とりあえず地上を目指しました。
表に出ると、避難のため外に出てきた多くの人。
前にあったKDDIビルは大きく揺れていて、屋上のおおきな電波塔らしきものが落ちてくるのではという程。
とりあえず用事があったため、丸ビルに向かうがもちろんエレベーターも停止しており行けるはずもない。
駅などにあるテレビを見ながら、明らかになっていく大きな被害をただただ現実のものではないように見ていた。
JRは早々に当日中の復旧を諦めた。
私は渋谷のホテルに荷物を預けていたため、交通手段が何もないなか、歩いて帰る事に。
本来は昨日羽田からシンガポールに帰る予定だったのですが、諦めました。
そして山手線を線路づたいにひたすら歩く歩く。多くの人たちがいました。
途中によるコンビ二には食料はほとんどなく、もちろん休憩する場所も満席。
私は、東京、有楽町、新橋、浜松町、品川、五反田、目黒、恵比寿まで歩き続け、
ようやくつかまったタクシーに乗って渋谷へ。
タクシーの中で見た燃え上がる気仙沼の映像は二度と忘れられないほど絶望的で、
地獄でした。
携帯はなかなかつながらなかったのですが、実家の茨城県に住む両親、姉、親戚の無事を確認でき、
ひとまず安心。乾電池式の携帯の充電器を持っていて本当によかった。今後は代えの電池も必要です。
ちなみに、谷のホテルはすでにチェックアウトしていたので、夜を越す場所もない。
荷物を取りに帰ると、ホテルのロビーには人人人。
ホテルのご好意で、宴会場をオープンにしていただいたため、
帰ることのできないたくさんの方がたとスペースを共有しました。
東急ホテルさん、本当にお世話になりました。
ホテルの方がたは、毅然とした態度でお客さんをガイドしていました。立派でした。
今朝9時まではそこでなんとか過ごし、その後は新宿にホテルが取れてようやく場所が確保できました。
今後も余談を許さない状況です。
福島の原子力発電所も心配です。
何もできないのが悔しいですが、少しでもこれ以上の被害が起きないことを祈っています。
(終)