Kaigosya Takayukiさんの話 その1

少し前東映の大泉撮影所で大澤克俊さんが発起人を務めてくれ 本社の方や映画作りに命をかけている皆さん達約40人が集まった素敵な会に参加した。

撮影所の一角には東映映画だけでなく依頼をされ提供した他の有名な映画の名前を書いた表札のような立派な木札もたくさんの載っていて約60年に渡る歴史が一作一作 表してあり高倉健さんや菅原文太さん  吉永小百合さん 渡哲也さん 佐藤浩市さん等の煌くようなスターさん達や その方達をいつも真心を持って土台で支えているスタッフさん達を彷彿とさせた。東映ではテレビ番組やコマーシャルも継続して多数製作しているが多すぎて載らず映画の名前だけが掲示されていた。

大澤さんは超有名企業のコマーシャルだけでなく、監督やディレクターが他で断られてしまったとか、どこに頼めばばよい物かがわからない等の撮影美術の相談を受けている人で、映画 テレビ 舞台 美術造形等が本職で様々な素材から美術品を作成するが、戦争映画では必須となる飛行機作りの名人で岡田准一さんのゼロでも有名だが 本物と見間違うような素晴らしい飛行機を殆ど全ての有名な映画のシーンでずっと作り続けている。

永遠の0 トリビアパンフより ゼロ戦製作監修;大澤克俊氏より 今回製作の二一型は大分県宇佐市平和資料館に飾られているそうです。キャノピー部分、役者のアップのシーで映り込む為本物と同じく全て鉄で作ることになり、表面に使われるマイナスビスは現在生産されていないため特注。着艦フックも動かす可能性があるとのことで途中作りなおしたりその他、外板の貼り方はもちろんのこと、固定する沈頭鋲の表現にもこだわった作り。

その会で皆さんが大好きなKaigosya Takayukiさんの話になった。

Takayukiさんは昭和34年7月14日  猪突猛進の亥年で パリ祭の日に東京で生まれた。57歳。Kaigosya Takayukiさんの紹介を何回かに分けてしたいと思う。

彼は東映の映画屋さんで大泉撮影所の関係者でとても素敵な人です。

91歳のお母さんの介護を長年していた。

介護者になる前もその後も会社の皆さんと 映画で世界を狙うとか とか何でも宇宙サイズで考えるとか ギター、ドラムから始まったがパーカッションや太鼓を始め音楽を極めると良く言っていた。中一で都内から都下に引っ越し後 どうしても野球部を辞めたくないと自転車通学を続け頑健な体を作った。高校在学中から武道館や後楽園ホールでコンサート会場等を作る清水舞台に務めたのち、自転車で日本輪郭一周後 ツールドフランスやキューバ等の世界を自転車で回っていた。

キューバの広場で休んでいた時近所の子供さんから自転車を貸してと言われ貸してあげたらそのまま100万もする自転車を乗って帰られてしまった等エピソードがあり、しょうがないなと苦笑いしてるようなお人好しな人だった。

その前後から東映でお世話になり大好きな映画やテレビ、コマーシャルの大道具の親方として木村大作監督等監督さん方や上原・吉田所長 福澤ディレクターさん等デザナーの皆さんや同僚・仲間の皆さん等から愛されていた。

また毎年恒例として富士登山を甥や姪を連れてしていた。

趣味は様々な資格を取りつつ マラソン、釣り、クルーザー、猟銃、パラモーター、ドライブ等で愛犬のラックや親友の佐藤誠さん等とでかけていた。仲の良い同僚の山崎さんから聞くと毎日甥や姪の話を喜んでしていたと。

 農林中央金庫で長年勤務していた父親も定年後脳梗塞になり15年位介護を家族でした後亡くなった。その介護生活中でも父親を家族皆と一緒にランドクルーザーで長野や北海道の網走まで連れて行ったりしていた。

お母さんはとても元気な人で87歳を過ぎても毎日オニギリとおかずという簡単なものでしたがお弁当を作り 一日中Takayukiさんの事を考えていた。

年を取りデイサービスに行きだしデイはとても楽しかったが Takayukiさんがお酒が大好きになってしまったからです。昔は一滴も飲まなかったのだが やはり血は争えません。でも母と息子の2人で土日には日帰りで富士山や 長野にはお蕎麦を食べに行ったり山梨にはホウトウを食べに行ったりしていた。

お母さんは旅行が好きと言うわけではなかったのだがドライブに連れて行ってもらえばTakayukiさんが毎日飲んでいるお酒を少しでも止めれるのではないかとの気持ちで「ドライブが好きだから連れて行って」と頼んでいた。運転をしなければ飲み続けるのではないかとの疑いをこころに宿していたし、運転をすればその前後だけでもお酒を飲まないで済むと思ったからです。居眠りをしながらも、うねうねと曲がる坂を車で何回も辿ってもらっていた。

Kaigosyaになる前は全く介護を知らなかったTakayukiさんがどうして介護の達人になったのか 本当に不思議の一言に尽きますが やはり理由は有るのです。