民進党 小西参議院議員へ「お前は国民の敵だ」という現役自衛官の言葉。
国会議事堂内をあるいていた民進党 小西参議院議員に向かって現役の自衛官が「お前は国民の敵だ」と警備の関係者の制止にも関わらず、複数回 言い放ったそうだ。
(ここでは暴言という表現はしない。人によっては内容はその通りだという人もいると思うため)
(最終的にはその場で謝罪はしたそうだ)
この発言の内容自体を吟味するつもりはない。
民進党が嫌いな人、 自衛隊員に感謝の気持ちのある人からすれば
「まあ下品かもしれないけれど、よくぞいってくれた」という気持ちの人もいるかもしれない。
ここでは2つのことを指摘したいと思う。
その1 この発言自体はシビリアンコントロールを揺るがすことにつながりかねない。
シビリアンコントロールとはウキペディアから引用すると
文民統制(ぶんみんとうせい、シビリアン・コントロール、英: civilian control of the military)とは、文民たる政治家が軍隊を統制するという政軍関係における基本方針であり、軍事に対する政治の優先を意味する。(以上引用)
このシビリアンコントロールについては日本国内に全く異論はない。
北朝鮮に先制攻撃で攻め込むべきだという過激な意見を言う人間であっても、それはあくまで、総理大臣の命令を前提にしている。
平たくいえば、 自衛隊という実力組織(軍隊と表現してもいいかもしれない)は、自分たちで物事を判断して行動してはならない。
行動するときは、必ず、国民の代表である軍人でない政治家(現代の日本で言えば内閣総理大臣)の指示と許可が必要ということだ。
現役自衛官の本来の立場からすれば、目のまえを小西参議院議員が通った時に心の中で
「この小西というやつは、〇〇で国民の敵だと思う。でも自分は現役の自衛官であって
政治家の指示、命令に従わなきゃいかん。将来 こいつが政権に入ったら嫌だな」と心の中で思うことまでだ。
言葉に出すことはやはり、シビリアンコントロールに触れることだろう。
幕僚長もこのことは認識していて、再三再四 謝罪していた。
その2 「お前は国民の敵だ」という言葉について
私はこの現役自衛官は職務に忠実な、自己の利益を横に置いた、国家のため国民のために働いている人ではないかと思う。
自分個人の利益(出世等)を重視するなら、いくら野党議員であっても国会議事堂内でこんな発言をすれば、自分の不利益になることくらい簡単に計算できるだろう。
ただこのある種の「誠実さ」「忠実さ」が怖いのである。
かつて「お前は国民の敵だ」と総理大臣を殺す事件が日本で起きた。
その指摘の一定部分は正しい指摘はあったのかもしれない。
しかし、その後、軍部の力は大きくなり、民主主義の力は弱まり、戦争に突中していく大きな一歩になった。
「その言葉を発する真意、純粋な気持ち」と「それが客観的に意味すること」は時として大きく違うのである。
例えば、近年のほとんどの戦争は、「自分の国を守るため」「平和の実現のため」に戦争は行われる。
ベトナム戦争だって、イラクがクウエートに侵攻した時も、アメリカがイラクに攻め込んだ時も、ロシアがクリミアに侵攻した時も、
表現の仕方は多少違うが、すべて「自国を守るため」または「その地域にいる同じ民族を守るため」なのである。
この現役自衛官の立場にたっていえば、現役の間は、心の中で思うまでが精一杯。
退官した後に
「小西議員の活動は〇〇という理由で国に平和や安全にマイナスです。国民にとって不利益です。私はそれは(国民の敵)といっていいほど、程度の酷いものだと思います。」と、自分の意見を述べたり、自分の意見に近い政党に提言したり協力したりすることが、彼の取れる(取るべき)道だろう。
決して「お前は国民の敵だ」と言葉を投げつけることではない。
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