今、私には元気な4歳の娘と死産後授かった1歳の息子がいます。
ふたりの寝息を聞きながら書いています。
死産後、ずっと泣いていた私。
娘が生きる気力をくれて、息子が希望、私の真っ暗な心に光をあたえてくれました。
私は泣くことがほとんどなくなりました。
今、また不妊治療をはじめました。
また三人目?の治療経過かきたいと思います。
2月3日(金)。
決断後、すぐにウテメリンの点滴をやめた。
今までの目標は、息子をお腹の中にとどめて、元気な彼に予定日に会うことだった。
決断して、息子を早く楽にしてあげることが目標になった。
点滴をやめ、子宮口にバルーンをいれた。
主治医から日曜には産まれると告げられた。
バルーンンをいれて、病院が急遽用意してくれた個室に夫と
もどった。
夫と泣いた。
泣いても泣いても、悲しみが襲ってくる。
癒えることのない悲しみ。
もうすぐ私はわが子の命を終わらせるために出産する。
息子は私のおっぱいを飲むことはないし。
息子の泣き声をきくこともない。
息子の存在をみんな覚えていてくれるだろうか。
息子はずっと苦しかったのか?
私のところにきて可哀想だったのではないか。
私は間違っていないだろうか?
息子は私を許してくれるだろうか。
息子は本当はどうしたいだろうか。
私のせいで息子が過酷な運命になったのではないか。
私の愛してる気持ち、どれだけ伝えられるだろうか。
息子を失った後、私はどうしたらいいのか。
本当に色々なことがぐちゃぐちゃで、泣きながら
夫を娘の処に帰らし、
私は横になった。
2月4日 深夜1時ごろ
定期的に陣痛がくる感覚があった。
もう少しで息子とお別れする気がした。
私は
ごめんねー、苦しいね。ごめんね。
愛してるよ。ママはあなたをすごく愛してる覚えていてね。
痛いよねー、苦しいよね。ママと頑張ろうね。
ママが楽にしてあげるからね。
ママと一緒にいてね。愛してる。
ママはあなたのこと絶対忘れないよ。
ママが一生あなたを愛していること忘れないでね。
そぅ話しかけながら、愛おしいお腹をなでた。
深夜2時
5分間隔で陣痛がくるようになった。
助産師さんに診てもらう。
陣痛で間違いないようだ、分娩室に歩いて移動した。
娘を産んだとなりのLDRの部屋。
分娩台に寝転んだ。
悲しみ。恐怖。孤独。で震えた。
助産師さんに旦那さんを呼ぶか聞かれたが、
呼ばないと答えた。
私は息子と二人で出産をのりきりたかった。
息子を一人占めしたかった。
だから夫は呼ばなかった。
深夜3時
痛みが強くなってきた。
息子との最後の時間。
痛みよりも悲しみが襲ってくる。
声をだして泣いた。
助産師さんがいても気にならなかった。
すごく大きな声で泣いた。
泣いても泣いても、悲しみがどんどん襲う。
深夜4時ごろ、
バルーンがとれた。痛みがいっきになくなる。
主治医の先生がLDRにはいってきた。
産みましょうと。。。
痛みがないから、自分のペースでいきむ。
赤ちゃんが徐々に降りてくる。
いきむ。。。
赤ちゃんが横になってでてきてしまって
でてこられない。
先生が手で体位を変える。陣痛以上の激痛。
耐えられなくなり、一度辞めてもらう。
また最後の力をだして体位を変えてもらう。
いきむ。。。
静かに出産。
赤ちゃんは私の中で命の鼓動をやめた。
私の中で一生を終えた。
赤ちゃんは綺麗に産まれてきた。
赤ちゃんは私を苦しめずに産まれてきてくれた。
お腹にやってきたときから、最後まで親孝行な子。
私の赤ちゃん、愛してるって最後の最後にも伝えた。
産まれた後、泣いた。
また声をだして泣いて。
方針状態になった。
もう悲しみ以外、なにも感じなくなった。
まだ子供に会わせてもらえない。。
2月4日(土) AM4:41 310g 24cm 男児死産
毎日、トイレにいくのが怖かった。
出血がとまらない。
毎日ドップラーで心音を確認してくれる。生きてるかどうか確認できて安心。
でも、出血が止まらない。
毎日超音波で見れないから、どうなっているか分からない、不安。。
毎日、昼過ぎに母と娘が会いにきてくれる。
娘は新生児室の赤ちゃんを見るのが大好きで、
いつもお見舞いに来ては、赤ちゃんばっかり見てる。
きっと産まれてきたら可愛がってくれるだろうなーと思う。
夜は、夫が仕事帰りに会いに来てくれる。
少しの時間だけど、毎日来てくれる。
お腹の子も喜んでいると思う。
1人の時は、悪いことが頭に浮かんで怖い。。
院内で一番たくさんウテメリンを点滴している。
なのにお腹が痛くなる。陣痛がいつ起こるか不安。。
朝が来て、赤ちゃんがいることが幸せだった。
主治医に朝会って、あまりにも暗い顔をしていたのか
急遽、診察になった。
あきらかに羊水がなくなっていた。。。厳しいと自分でもわかった。
出血の回数が頻繁になり羊膜がやぶれて、出血とともに破水した。
血の色で破水しているかなんて、わからなかった。
羊水が増えてくるか様子を見ることになった。
炎症をおこすと母体が危険ということで毎日、血液検査と抗生物質の点滴が
はじまった。
2月3日、旦那とともに検診と今後の話し合いを主治医ともつことになった。
夫と最悪の場合について話し合った。
私の命を優先。。。
子供をあきらめるという決断の話し合い。
2月3日、
旦那が夜、病院にきた。
検診。。
私と夫が最後に見た、息子の鼓動の画像。
息子はいつも頑張って鼓動をうってくれている。
私をいつも励ましてくれる。
親孝行で泣ける。
画像では、羊水がまったくなくなり、羊膜が息子にぎゅうぎゅうに迫っていた。
息子は精一杯、身体を小さくして 鼓動をうっていた。
私が最後に見た、息子が生きている姿。
とても苦しそうだった。
生きていてほしい。そう思った。
でも苦しいよね、しんどいねって、思った。
もう楽にしてあげなければいけない。
あんなに小さい息子が苦しみながら、私の中にいる。
私のために生きている。
主治医の先生から、21Wで羊水がなく育つことは不可能だと告げられた。
とても苦しんでいると思うって。。
お腹の外の世界で生きるには未熟すぎて無理だと告げられた。
2つの選択肢を提示された。
1つめ。
このままウテメリンを点滴し続け、いけるとこまで頑張る。
22Wで転院し、限界がきたところで赤ちゃんを産む。
ただ、28Wまでは持たないし、羊水がないから赤ちゃんが育たないままなので
たぶん出産の過程で死産。もしくは生きて産まれてきても少しの時間生きて亡くなると思う。
炎症がひどくなると母体があぶないと告げられた。
2つめ、
まだ親が生死を決めれる時期、中期中絶をする。
私たちは決めていた。2つ目の中絶を選ぶことを。
理由は、赤ちゃんが今 私の中で苦しんでいるから。
生きてうまれてきても少しの時間、すごく苦しい時間をまた
すごさせてしまうから。
私には娘がいるから、生死をさまようわけにはいかないから。
私はお腹の子を殺める決断をした。
私のお腹の中で最後まで一緒にすごしながら
お話しながら、さよならする。
私ができる最後のこと。
私のカワイイ息子に愛してると伝えながら、私が彼の命を奪う。
彼の苦しい時を終わらせる。
私のお腹にいつまでもいてほしい。できることなら奇跡を信じたたい。
でも奇跡はおこらない。現実はすごく残酷。
悲しみと陣痛への恐怖。
わが子を殺める。私は最悪の母親。
愛してるって、ごめんねって何度もお腹にむかって言う。
伝わってくれているか心配だった。
私の愛をもって、天国にいってほしい。
私が凄くあなたを愛していること、しっていてほしい。
ママが毎日あなたを想いながら生きていくこと、知っていてほしい。
だから最後の夜はお腹をなでながら沢山、愛とごめんねを伝えた。