靖國神社を参拝しました❢ | 鴎26号放浪記

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暇だったら見てね(・∀・)

ども鴎26号です。
靖國神社を参拝しました❢
場所は、地下鉄九段下駅の1番出口から出ると第一鳥居(大鳥居)が見えます。
行く途中には東京理科大学の九段下校舎と道を挟んで向かいに日本武道館があります。



第一鳥居



社号標



狛犬


狛犬

入口付近と第一鳥居付近に狛犬があります。


参道

何も行事が無い日なので参拝客は少な目でした。


大村益次郎銅像

大村 益次郎は、幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。維新の十傑の一人に数えられる。 長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。ウィキペディア



境内案内図



狛犬

大村益次郎銅像を正面から見て左側に石鳥居がありそこにも狛犬があります。


参道

再び参道に戻ります。



第二鳥居



大取水舎



神門


御由緒

靖國神社の由緒
靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名も むさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的 に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支 那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や 勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。



靖國神社の御祭神
靖国神社には、戊辰戦争やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争といった国内の戦いで、近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落 とされた方々をはじめ、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦 争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して国家防衛のために亡くなられた方々の神霊 が祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。

靖国神社に祀られているのは軍人ばかりでなく戦場で救護のために活躍した従軍看護婦女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍 属、大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々などの神霊も祀られています(参考資料)。

このように多くの方々の神霊が、身分・勲功・男女の区別なく、祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として一律平等に祀られているの は、靖国神社の目的が唯一、「国家のために一命を捧げられた方々を慰霊顕彰すること」にあるからです。つまり、靖国神社に祀られている246万6千余柱の 神霊は、「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」であるという一点において共通しているのです。公式サイト



中門鳥居と拝殿

旅の無事を祈願しました。



靖國大絵馬



奉献酒銘柄展



朱印所、墨書所

御朱印を貰おうと探したら拝殿を正面から見て右側の建物で貰うことが出来ました。
初穂料300円でした。
貰う人が数人いて番号札を渡されて少しの間待ちました。


御朱印




神社の御朱印帳を買ったので神社を周る予定です。
今後お寺でも買ったらお寺も周るかもしれません。
以上、報告終了❢