中々やみませんね☔
さて、今回は…
「天高く馬肥ゆる秋」といわれるように、秋の空には晴れ渡ったイメージがありますよね。
でも実際は、9月の中旬頃から10月の上旬あたりにかけて訪れる停滞前線がもたらす長雨で、およそ1か月間は天気がぐずつきがちになってしまうもの。
そんな秋雨前線は、梅雨前線よりも弱いとされ、曇りが多かったり、雨にしても、シトシトと降る弱い雨が降り続くのが特徴なんだそうです。
梅雨と比べて、東日本や北日本でも影響を受けやすくなり、さらに台風の時期と重なることもあって、思わぬ大雨になることも少なくないようです。
また、秋の天気は変わりやすいことも特徴のひとつで、『女心と秋の空』という言葉もあるほど。
もっともこの言葉は、もともと『男心と秋の空』だったという説もあり、いずれにしても『秋の空のように人の心は変わりやすい』ということをいったことにかわりはないようです。
そんな秋の長雨には、晴耕雨読という言葉のように、読書に勤しむのも一興かも知れませんね。
そこで今夜は、「晴耕雨読な生活」とはどんな生活なのか。
意味や現代における晴耕雨読な暮らし方について、専門家の先生から学んでいきたいと思います。
そもそも晴耕雨読とは、その意味は字のごとく『晴れた日には外に手で田畑を耕し、雨の日は書を読むこと』という意味なんだそうです。
晴れた日には体を使って汗を流し、雨の日には読書によって頭を使える喜びを味わえる生活が、人にとって理想的な生活だと伝えています。
また田園に閑居する自適な生活なため、悠々自適な生活を送ること、という意味でも使われるのだそうです。
先生いわく「しかし、晴耕雨読とはただのんびり暮らしているという意味ではなく、晴れた日には外に出て畑を耕しているわけで労働をしていないわけではありません。
気候などの自然界の流れに合わせた生活をしているのであって、それ以上に無理をしないという意味です。
決して楽して暮らすという意味ではないので、間違って解釈しないように注意しましょう。」とのこと。
また、晴耕雨読の語源ですが、最も有力説として語られるのが明治時代の文学者で塩谷節山の書いた漢文詩を後も語源とする説なんだとか。
塩谷節山が『晴耕雨読、悠遊するに足る』と書いたところから、晴耕雨読が生まれたと言われているのですが、残念ながらその確証はないようです。
諸説ありますが、少なくとも1989年の段階で晴耕雨読という言葉が使われていたということはわかっているようです。
☔諸葛孔明のような生き方
「そして、晴耕雨読な生活をした人物として挙げられるのが、『三国志』で有名な人物の一人 諸葛孔明です。
諸葛孔明(生181年~没234年)は、中国は三国時代の蜀漢の政治家であり戦略家でした。
しかし劉備に迎え入れられるまでは、早くに父を亡くしたため、豪族出身でありながら年の離れた兄弟と一緒に叔父の元で晴耕雨読な生活をしていました。
それは、田を耕して自給自足をし、雨の日には勉強をするといった質素な生活だったと言われています。
そして現代では、晴耕雨読な生き方というと自給自足の面を取り上げられるよりも、悠々自適な生活、自分のしたいことをする生活という面がクローズアップされます。
このように晴耕雨読を解釈される理由には、現代では自分のしたいことをして生活することは難しいと考えている人が多く、その裏返しとも言えるでしょう。
特に若い世代は生活するために自分のしたいことを我慢して働いているという考え方が主流のようです。
しかし会社をリタイアすれば体と心にゆとりが生まれるため、晴耕雨読な生活を求めて定年後にあえて田舎に引っ越すといったケースもよく見られます。
つまり現代での晴耕雨読な生活とは、老後の生活の仕方のひとつと言うこともでき、悠々自適に自分のしたいことする暮らし方は、現代人の憧れのように語られることもあります。」と先生はいいます。
この秋霖に、あなたはどんな過ごし方をしますか?!
