今日は、陽射しが温かな1日でしたね~

さて、今回は…
対人関係でトラブルが生じたとき、私たちはつい、「どちらが間違っているか」で決着をつけようとしてしまいますよね…

恋人が私の気持ちを判ってくれない…

友人に冷たい態度をとられた…

同僚と仕事のやり方が合わない…

相手の間違いをただし、説き伏せることができれば、一時的に気は晴れる、という方は少なくないのでは?!

今夜は、そんな争いについてのお話から。


でも、まわりのすべての人と正当性を争って対決し、勝利をおさめたとしても、いったい何が残るでしょうか?!

例えば
敗れた側には恨みが残ります。

他人から恨まれることは、自分にとっても損なことです。

また
まわりのすべての人を打ち負かせば、すべての人から恨みをかいかねません。

それが果たして幸せといえるでしょうか?!

豊かな人生を送るためには、「正しいこと」よりも大切なものがあるのだそうです。

人間同士のトラブルは、片方だけの問題によって起こるのではありません。

双方ともが勝ち負けにこだわっている場合にのみ起こります。

片方に問題があっても、もう片方がその問題に頓着せず、おおらかに譲ることができれば、トラブルとはなりません。

「私は他人に迷惑をかけられてばかりいる」と腹を立てている人も、「負けたくない、損をしたくない」と張り合っているという点では相手と同じです。

相手のほうがうわ手だったから悔しいだけなのではないでしょうか?

自分への不満が多い人ほど、他人を見る目も厳しくなるのだそうです。

「私はこんなにつらい思いをしているのだから、あなたも少しは苦労しなさい」というわけです。

「どちらが間違っているか」を明らかにしても、人間同士のトラブルは解決しません。

どちらが間違っているかという問題ではなく、互いの関わり方が間違っているのだそう。

自分と他人の考え方がぴたりと一致することはありえません。

自分がある行動を「そうしたいからしている」のと同様に、他人もまた「そうしたいからしている」のです。

仕事とはこうあるべき、恋愛とはこうあるべきという考え方は、人それぞれに違います。

自分が相手を気にかけている度合いと、相手が自分を気にかけている度合いも同じではありません。

友人とは何でも腹を割って話し合いたいという人もいますし、ある程度の距離を置いてこそ尊重し合えると考える人もいます。

置かれている環境も、好き嫌いも、知能のレベルも、その日の体調も、みな違うのです。

自分のものさしで他人を測ろうとすれば、必ずゆがみが生じます。

この続きは、また次回に(^.^)

桜の蕾が、大きくなってました