Shall we think?! -14ページ目

Shall we think?!

一個人、海賀大湧の自由な発想の記

以前、「大好きな音楽」と「歌姫たち」等をお書きしましたが、



http://ameblo.jp/m-up/entry-10727987919.html



http://ameblo.jp/m-up/entry-10731942843.html




いま少し古い時代に、大好きだった音楽を思い出しました。ほんとうに、よく聞いていたような気がします。




ポールモーリア・オーケストラ: 「恋は水色~オリーブの首飾り」



この軽音楽のストリングスは、大好きでした。オリーブの首飾りの出だしのイントロには、今でもワクワクします。




http://www.youtube.com/watch?v=4sbtZK9558Q&feature=related




フリオ・イグレシアス: 「ナタリー」



当時、熱狂的に受け入れられましたね。素晴らしいです。郷ひろみさんバージョンや、「ぐっさん(山口智光さん)」の物まねでしかご存じない方は、是非!(レアル・マドリードの(ユースの)ゴールキーパーだったのですが、大怪我があり、歌手に転向されたそうです。すごい人生のパワーですね。)



http://www.youtube.com/watch?v=b6w_NokhlgY




くつろいで、週末にむかいましょう!









今年になって、少し重い話題が続いてしまいましたね。



日本で暮らす人々が、人としての「こころ」を失わないために、何だかずっと、書かなくてはいけない気がしていました。



・・・・・



天皇と、それを取り巻く人々を区別して見極める、というお話を前回させて頂きました。



天皇は、天照大神さまで、八百万の神々を束ねる存在としていらっしゃいます。


一神教の神さまではなく、あくまでも神々の頂点という意味では、ギリシャ神話に通じるのでしょう。



したがって、日本の象徴たる天皇は、「こころ」ある神々としての特質を持っていらっしゃいます。


民の、自発的な、自然な敬意こそが、ふさわしいのだと思います。



・・・・・



天皇の言うことを聞きなさい・・・・・とは、いわゆる「錦の御旗」です。


このように天皇を政治の場にお出しする行為は、天皇を取り巻く人々の行為ですね。


その取り巻きの人々の政治的な意図こそが、おそろしいのだと思います。

・・・・・



私たち民は、できうれば神仏習合として、個々には氏神様、檀家の寺院などに


心からお参りし、そしてそれらを束ねる天皇が、こころある神仏の代表となられ、


この国の精神性を高みに導かれる存在として、すべての民の前に優しく


向き合い続けてくださることを、祈っています。



政治家・官僚という「公」の役割を忘れて、特に私利私欲で乱れた方々に、


「この国の民としてのプライドを持ちなさい」と、いつか一言、きびしい


お言葉を賜りたいものです。




組織の言っていることが、個人よりも正しい?



正しくないことも、多くなってきました。

検察組織と戦って勝った、村木さんの例などは良い例です。


組織内にいる人々が、世の中全体をみることができず、自己保身に走る時代には、

気をつけなくてはなりませんね。



下記は、「筋金入りの改革派官僚」の古賀茂明さんの例です。


官僚の組織カルチャーに挑んでいます。長妻前厚生労働大臣の扱いがキーだったと。5ページあります。是非、お時間がありましたら、眺めてみてください。



http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5601


http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5602


http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5603


http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5604


http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5605




こういうことは、民間企業の組織の中でも、多かれ少なかれ起こっています。


そして、古賀さんのように指摘をした人が、組織から脅かされています。

今回の場合は、仙石さんから、「将来に傷がつく」と恫喝された、と報道されています。困ったものです。


http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101015/plc1010152205022-n1.htm





こういう展開は、志あるリーダーが、一番、回避したいものです。


回避するために、組織風土を健全に保つ=経営のビジョンをいつでも浸透する

組織体質を作ることに、全力を挙げています。


実は、すばらしい企業が、多くいらっしゃいます。


今度、スターバックスの改革事例を書いてみますね。


さて、国は、どう変われるのでしょうか。


それを受け入れる国民の目が、ほんとうに大切になってきますね。






今まで、企業における多くの人事・処遇制度にも関わって参りました。



経営・社員に何が期待されているのか。


どのように期待を評価するのか。そして、評価する人を育てるか。


どのように評価を処遇(報酬・昇進等)につなげるか。




しかし、ルールを決めれば決めるほど、それだけを行えばいいという意識になり、

他の新しい可能性を自ら閉ざしてしまうことになります。


自由な枠もつくって、そのプロセスや結果を評価する部分を作っておかないといけません。




さらに、毎期毎期、いい評価を取り続けなければ昇進しない、というルールも、

課題が多くあります。


いい評価を取りやすい目標しか立てない。それを上司も許してしまう。


よからぬプロセス、結果を隠してしまう。いわゆる、「隠蔽工作」ですね。


また、自分の手柄ではないのに、横取りしてしまう。虚偽の報告をする。



すべて、いけませんね。ルールを作ると、何かと課題が多いのです:笑。

まるで、法律を作ると、その抜け道を必ず見つけて突いてくる、といった感じです。



・・・・・



したがって、人々が自律的に、主体的に物事に向き合うような組織カルチャーの醸成、リーダーシップの存在、そして何より一人一人の仕事に対するモチベーションを高めることが、ルール作りの前に/ルール作りと同時に、とっても大切になります。



そこに、人事・教育を融合する必要がでてきます。

決して、別々の領域ではありませんね。双方が、密接に融合してきます。



・・・・・



私は、個人的には、「笑点」の大喜利システムの評価制度が、大好きです。

(もちろん、それを取り入れている企業はありません:笑。)しかしながら、

個々人のモチベーションは上がると思っています:笑。


いいこと、面白いことを言うと、「座布団一枚」。


変なこと、つまらないことを言うと、「座布団一枚没収」。


時には、二枚、三枚も、ありえます。


そうすると楽しいのは、メンバーが「一枚取られてもいいので、笑わせてやろう」と、「リスク覚悟」で、面白いことをして言ってきます。司会者にたてついてでも、笑わせます。案外、それが一番、面白いですね:笑。もちろん、座布団は没収されますが、場は活気がでます。


逆に、司会者をおだてて、座布団をせしめるときもありますね。それも、誰が聞いても、ユーモアが効いているので、とても面白いです。


毎回毎回、回答ごとに、座布団一枚を獲得しようとして、力んだり、他のメンバーの邪魔をしたりしていては、おそらく座布団はもらえませんね。笑えないですから。


そして、座布団を取られ続けたメンバーでも、次期リーダー=司会者になることができますね。全体を見ての振る舞いができていて、面白いのですから:笑。



キーポイントは、次のポイントでしょうか。



ユーモア溢れ、共に笑点を盛り上げようとする組織カルチャー


メンバー同士の理解・信頼 

(理解・信頼をしていなかったら、的確な毒舌も言えません:笑)


司会者のリーダーシップ 

(時には、「まったく、おまえらときたら・・・」といった感じも大切ですね:笑)


そして、何より個々人の磨かれたタレント(才能) 

(みな、すごい噺家さんですからね。)





このような、メンバーがそろい、カルチャーがあり、リスクをおそれず前向きに活動し、それをきちんと束ねるリーダーがいるので、・・・・・笑点のチームは、ほんとうに面白いです。


何より大切なのは、「それが、長く、お客様に受け入れられている」ということです。お客様は、ほんとうによく見ています。



お堅い企業のコンサルティングに活かす日も、いつか来るかもしれません:笑。



頭を、やわらかく、やわらかく、ですね。







明けまして、おめでとうございます!



新しい年が始まりました。




何かと激動の時代です。


人々のこころも、しっかりとした何かを求め、目指しているような気がしています。



今年も、政治経済のお堅い話題も含めますが:笑、多くはこの日本で生活する民のこころの素晴らしさを、書き記すことができたら嬉しいと思っています。




みなさまからも、いつも元気を頂いています。こころから感謝しています!



今年も、何卒、宜しくお願い申し上げます!




ポセイドン




今年も、最後の日となりました。



自分の想いや考えを記そうとブログを始めました。


そして、素敵なことに、世の中を「より良く、明るくしよう」とする皆様のすばらしい活動を拝見し、おおいに元気付けられ、触発されました。ほんとうに、始めてよかったです。


ほんとうに、ありがとうございました!




昨年から始まった、熊野本宮大社の来年の一文字は、「根」です。


(清水寺は、今年の一文字がすごく有名ですね。)


メディアや流行に煽(あお)られて、流されてしまう浮世の傾向を憂慮し、「しっかりと、この国の素晴らしい面を守り、伸ばすべく、自分の(国としての)意見を持って、物事に向い合う世の中になってほしい」というような願いを感じます。共感しています。


私も、そのような願いにかなうべく、少しずつ何かを発信したいと思っています。




今年は、(紅白で)桑田さんの復帰を拝見しなければなりません:笑!


どれだけ、今まで、明るさを頂けたことか。感謝、感謝です。




心穏やかに大晦日を過ごしましょう!!



ポセイドン




今日は、『「日本の神様」がよくわかる本』(戸部民夫さん:PHP文庫)から、引用させて頂きつつ、書いてみたいと思います。




いろいろな神様が日本にはいらっしゃいます。文字通り、「八百万の神々」です。



その神様の解説と、神々を祀る神社をわかりやすく整理され、私たちに教えてくれます。



ほんとうに、ありがたいです。




P.86~P.91に「お多賀さま」の記述があります。下記に、少し抜粋・要約させて頂きます。





・・・・・





滋賀県にあります多賀大社は、国生みのイザナギの尊、イザナミの尊を祀る神社の総本山です。「お多賀さま」と言われて多くの方々に親しまれています。




イザナギの尊、イザナミの尊は、夫婦としての「結婚の神」、結婚して数々の国土を誕生させる「国生みの神」、そして、多くの自然神や文化神を誕生させた「神生みの神(生命の祖神)」と言われています。




「古事記」には、「イザナギ大神は、淡海(=近江)の多賀に坐(いま)すなり」とあります。神生みなどの全ての事業を終えたイザナギの尊は近江の多賀の地に鎮座したということであります。




「日本書紀」には、「幽宮(かくれみや)を淡路の洲(くに)に構(つく)りて、寂然(しずか)に長く隠れましき」とあります。それが、国生み神話の地の伝承がある淡路島のイザナギ神社です。






多賀大社は、室町中期以降に人気が高まり、



「お伊勢七庶(数が多いこと)、熊野へ三度、お多賀様へは月参り」



の謡(うたい)も生まれました。






伊勢神宮の内にも、多賀社(宮)は祀られています。


関東では、「三峰神社」(秩父)、「筑波山神社」(筑波)などが、お多賀さまにゆかりがあります。




・・・・・





以前のブログで、少し触れさせて頂きましたが、京都の賀茂神社(上賀茂さま、下鴨さま)は、平城・平安の京以前に、すでに確固として存在し、人々のこころの拠り所となっていらっしゃったようです。





・・・・・




もちろん、ここでは語りつくせないような日本の歴史があると思います。



なかなかに、この国は深いです。



それだけに、「様々な事柄を見てきた民の伝承」、「伝え聞いてきた民の伝承」、「素晴らしいことをこころに残してきた民の伝承」、「こころから救いを求めてきた民の伝承」によって、今日に残っている、伝わっている風習を大切にしたいものです。それは、「こころある民が残そうとしてきたもの」なのですから。




おそらく民は、世の中を祝うと同時に、世の中の「襟を正す何か」がその文言に込められて、伝承されていると信じているのではないでしょうか。私も、毎年、どちらかの文言を記しています。




太古の昔の、大いなる自然に囲まれた、清らかな、共生の国であることを、思い出させてくれるのかもしれませんね。





「JIN-仁-」は、心を打つ。



江戸の民の生活を舞台に、人の命を扱い、献身的に救う人々の物語は、それだけでも魅せられる。


また、タイムスリップの要素が入り、どうなるのだろうか、と惹きつけられる。


そして、男女の恋心。特に、綾瀬はるかさんの演技は、こころからの動きがあり、感動を呼ぶ。




このドラマの主要な4人の俳優さんの、息の合った演技が、さらに見るものを釘付けにして離さない。



何故、こんなにも息が合っているのか?


実は、過去に、多くの共演をしているのである。




内野さんと中谷美紀さんは、映画「あかね空」で。やはり、江戸を舞台にした、秀作の庶民物である。中谷さんの明るさと、内野さんの2役も、素晴らしかった。


大沢さんと中谷さんは、映画「7月24日通りのクリスマス」で。残念ながら、私は見ていないが、2人がメインの主役で出演されている。


そして、大沢さんと綾瀬はるかさんは、映画「ICHI」で。綾瀬さんの盲目の演技や殺陣は、素晴らしいものがあったし、大沢さんは何より優しかった。




きっと、これらの共演で培った空気感が、JINで更に馴染んで、極めて自然な演技を引き出しているのだと、感じている。お互いのバリヤーは、ほとんど感じない。



ただ、大沢さんと内野さんは、ネットの記事では、少しぶつかりそうだと書いてあった:笑。まあ、それも元気の良い演技に反映されれば、怪我の功名ではないかな、と思う。どちらも、素晴らしいのだから。



また、大沢さんと綾瀬さんは、フライデーをされたようですが、こちらも演技にプラスになってくれれば、素晴らしいことではないかな、と期待している。より、息の合った演技を期待できるのではないか、と。




俳優さんたちが、意地を張り合って、牽制し合う、ぎこちない映画やドラマは、見る側もつらい。



JINのような秀作は、俳優陣の「勝手知ったる信頼感」によるところも大きいだろう。


とても、自然に感情移入ができ、楽しませてくれる。



ほんとうに、ありがたい! 感謝です!!



社会心理学での、ある4象限について、少し触れます。


縦軸:「他者志向性」

横軸:「自己志向性」


上記を2軸とする4象限をつくると、下記の①~④になります。


①「回避」

②「服従」

③「支配」

④「統合」


そして、①~④にまたがる、中心の小さな円が、「妥協」の領域になります。

⑤「妥協」:まあ、皆の意見を丸めて、こんなところでどうだ。



誰かとコミュニケーションをする場合、自分を中心に考えると、次のようなイメージです。

③「支配」:絶対に、自分のやり方でやりなさい。


他者を中心に考えると、次のイメージでしょうか。

②「服従」:はいはい、従いますよ:笑。


面倒を避ける場合には、「回避」になります。

①「回避」:どちらでもいいや。


大切なのは、やはり「統合」のようですね。

④「統合」:お互いのいい点を議論し合って、より有効な、新しい方法を考えよう/考え出そう!



・・・・・



もちろん、現実社会は、様々な方々が絡み合いますので、そう簡単には行かないかもしれません。


しかし、上記の枠組みを念頭に置いてコミュニケーションを取ると、とてもいい感じになるかもしれません。



・・・・・



最近、政治があわただしくなっています。


政治には、「権力」・「面子」・「影響力(数)」などの要素が多く入ってきますので、意見の違う人同士が、簡単には歩み寄ったり(妥協したり)はしないようです。(しかし報道では、民主党が、おそらく対極にある「たちあがれ日本」にも連立を打診したようになっています。「みんなの党」の渡辺喜美代表が、「ゲゲゲの妖怪劇場」と痛烈に批判しています。これには、私も不可思議さを感じます。そこまで「妥協」があるのかな、と。)


基本的には、それぞれが③「支配」を目指して、日々、政局での生き残りをかけているように感じます。それが現実の政治なのだろうと思います。民主党の党内が、相当に激しいですね。


特に、小沢さんと仙石さんは、お互いに潰し合うまでのような、激しい戦いを繰り広げているように感じます。小沢さんは1月の強制起訴を待ち、仙石さんは問責決議を受け、それぞれの弱点を狙っての激しいバトルを行っているのだと思います。


今日のニュースでは、小沢さんが、鳩山さんや連合の古賀会長と一緒に、菅首相と岡田幹事長を仙石官房長官から引き離すようなアプローチをされています。


水面下ではなく、ここまでオープンなバトルは、私たちにも緊迫感を与えます。ほんとうに、どうなるのだろうか、と。ものすごい、ライブ感です。



・・・・・



政治の世界は、激しいと思います。


特に、批判・批判の嵐が起こりますので、皆、身構えてしまっています。



是非、皆がアイデアを出し合って、より良い方向性を作り上げる、④「統合」の意識を今少しずつでも持って、国民の目に、そういう議論を数多く見せてもらいたいものです。


・・・・・

ちなみに、「大連立」は、④「統合」ではありませんね。


政治の皆が、「自分」になってしまいますので、そもそもの意見の対立がなくなります。


直感的には、すこし危なげな暴走も連想します。(大政翼賛会的な動きですね)


私たちは、そういう状態の特徴をよく見極めて、冷静に対応をしたいですね。





聖なる魂を持つものを祭る人々。


聖なるものを信じて、祈ることの対極には、聖ではない漆黒の世界が確かに存在していたのだと思います。



その対極の世界が、暗く、苦しいものであればあるほど、聖なるものの光は燦然と輝く必要があります。人々の祈る強さが、その光の強さ・鮮やかさを高めることになります。そして、その祈りが、千年以上もの時を超えて、今もなお引き継がれています。いかほどの漆黒の世であったか、想像を絶します。


豊かな日本では、クリスマスの祈りは、その原点にある平和への祈りという意識は薄く、明るくロマンチックなムードを漂わせています。人々の街をゆく様子は、とても明るく、幸せに満ちています。街中が、エレクトリカル・パレードのようで、心も躍ります。それは、素晴らしいことです。私も、楽しいです。


日本には、漆黒の闇の時代はなかったのでしょうか?


あったとしたら、それを救う聖なるものは、存在しなかったのでしょうか?


存在していたとしたら、人々はどのように祈りを捧げていたのでしょうか?


なぜ、今の日本には国をあげて日本の聖なるものに祈りを捧げる日がないのでしょうか?



このあたりを考え始めますと、なかなかに難しい、幅広い歴史の課題が見えてくるような気がしています。


過去の時代時代には、こころある聖なるものが、数多く現れて、私たちの日本を浄化してくれたと思います。


今の時代は、いかがでしょうか?



・・・・・


一般論として、聖なるものは、時の権力サイドとは対極に位置し、広く民衆の支持を受ける存在です。


しかし、もし権力サイドが、聖なるものを自分たちの側に取り込んでしまったら、どうなってしまうでしょうか?そうなってしまったら、時代が漆黒に包まれた時に、民は、どのように日本を浄化できるのでしょうか?


また、聖なるものを装い、民を搾取するものたちが多く現れたら、どうなってしまうのでしょうか?


更に、今までの日本が、聖なるものを数多く抹消してきたとしたら、これからはどうなるのでしょうか?



上記のようにいろいろな危機感を持ったとしても、物資に恵まれた今のこの社会においては、自発的な精神性の高まりや浄化は、なかなかに厳しいことだと、個人的には思っています。



日本は、グローバルに見て、だんだんと経済大国というレッテルもはがれつつあります。経済成長を、自らの代名詞にするだけでは、アイデンティティ(自己の存在認識)も厳しくなってきます。


私たちは、日本で育まれた者としての「精神的支柱」に、今少し思いをめぐらすことが大切なのかもしれませんね。



・・・・・



日本の土地土地のお祭りも、大切にしたいですね。



そして、明治維新で廃仏毀釈の嵐にさらされた御仏も、大切にしたいですね。



そして、各時代で聖なるこころを発揮された方々を、深く、見つめて参りたいですね。