ミッシェル・フーコーというフランスの哲学者が、「知の考古学」を唱えています。
ポイントは、いろいろな歴史的事象は、実際にその時代/当時の環境に戻って、その場に立った感覚で振り返らないと、その本質は理解できない、というものです。
例えば、「宗教改革」と一口に言いますが、どうしてルターが「聖書に戻れ」と言い出して、それが広く民衆に受け入れられたのかを考えないと、「宗教改革」の本当の実感が捉えられないのです。
たぶん、クラッシックの楽曲を学ぶときに、その楽曲を作曲家が書いた時代背景や心情を学ぶ「アナリーゼ」も、知の考古学と言えるでしょう。(私は、「のだめカンタービレ」を見て、アナリーゼを知りました:笑)
その当時の時代環境、生活風潮、学問の趨勢・・・・そこに立ち返って、その時代の人になって、事象を見つめる。
これは、人間関係でも大切かもしれません。
相手の置かれた環境に立ったつもりで、相手の思考・行動を考える。
思いやりは、そこから生まれるのかもしれませんね。