岩手の盛岡で工房を営んで30年ほどになりますが、巨匠、故ロストロポーヴィチさんが工房にいらっしゃったことは本当に印象深いことでした。
晩年は岩手に幾度も足を運ばれ、いらっしゃるとかなりの長期滞在で、県内のあちらこちらお寺の境内、山奥の小さな小学校等々で無料演奏会、屋外でのコンサートも本当に精力的に行って、まさにレジェンドそのものでした。
そんな連日の野外コンサート(雨も続いた湿気の多い夏でした)が続いた日、指板が相当に下がってしまい、演奏に支障をきたす状態に。
チェロの調整に朝早く(たしか8時前?)工房にいらっしゃったのでした。 (当工房HP)
指板、魂柱を調整し、さらに駒を削る作業。ずっと私のとなりに座って作業を見ているロストロポーヴィチさん。ときおり「イェース、アブサリュートリー!イェース・・・」とか、「ソー、イェース、グー!」とかおっしゃったのでした。
何時間くらいかかったのか、記憶にないほどで・・・緊張していたのだと思います。私が調整した楽器は、チェロであれバイオリンであれ、必ず、調整したあとは下手なりに私自身が音を出す確認作業を最後にするのですが・・・
この時ばかりは巨匠の眼前での確認の音出し、おそれ多くてできなかったのでした。後にも先にも、調整した楽器の音を試奏しなかったのはこの時だけ。
で、ロストロポーヴィチさんが音を出したところ。
バッハの無伴奏や、ドヴォルザークなど、いろいろと試奏してくださいました。
緊張の連続に夏の暑さも加わって、ほんとうに汗だくでやらせて頂いたチェロの調整。調整を一通りおえると
「このチェロ、ナポレオンが使っていたチェロなんだよ、ほら、その証拠に横板のここにキズがあるだろう、ナポレオンは足が短いからヒールのかかとがぶつかってこんなキズがついたんだ(笑)!」とおっしゃっておりました。あれは冗談だったのか、ホントのことだったのか・・・。
(当HPもご覧いただけますと嬉しいです。)