こんにちは。りょうきです。
久しぶりに投稿したと思ったら、いきなりですが、不登校の話。
今年はね、不登校だとか不登校だったとか、そういう類の相談がどういうわけか非常に多かったんですよ。
どうしましょう的な話もあったし、過去にそうだったのを単純に私が聞いているだけだったのもあるし。
相手ごとに私から差し上げる話は異なりましたが、私が共通して思ったことを一つ。
「学校に行かない判断って、すごいな」と。
「すごい」というのは、非常に高度で体力の必要な判断だなと。
つまり並大抵の判断ではない。そんな判断ができる人って、なかなかいない。
これ、変な言い方ですが、つまり褒めてます。その判断力を、賞賛してます。
一般的に、「○○する」という判断よりも、「○○しない」という判断の方が困難です。
圧倒的に困難です。甚大な体力を消耗します。
特に、本来は「○○する」ことが前提であるのに、それをしないと判断するのは、恐ろしいほどの体力を使います。
例えば伊丹→羽田便のパイロットが、悪天候とかで「羽田に降りません」と判断するとき、羽田上空でどれほど体力を消耗するかわかりますか。
当然ですが、伊丹を出たら、羽田に降りることになってます。
つまり羽田に降りることは当たり前です。そういうことになってるから。
ところが、羽田周辺の天候が悪い場合、しかも視程がギリギリとか横風が微妙とか、降りられるかもしれないけど危ないかもしれない場合。
ええい、降りる!と強行した場合(実際はこんな力づくの判断はしません)。
仮に降りられたとして、何事もなかったようにその後も時は平和に進むかもね。
でもそれは理想的な結果論であって、最悪の結果論だってあり得るわけです。
かといって降りないと不自然ですね。定刻通り羽田に降りるのが当たり前だから。
お客さんも困るでしょうね。その後の事務処理だって大変になるし。
したがって、悪天候のせいで「着陸を諦めます」は、機内では大ブーイングだとしても、コックピットでは機長がぐったりしてるんですよ。なので機長を責めないでください(笑)。
学校に当てはめてみます。
一応、家を出たら定刻通りに学校に行くことになってます。そういうものだからです。
今のコロナ効果で学校自体がお休み、つまり羽田空港が台風で閉鎖みたいな状態なら別として、とりあえず学校は通常に運営されているとします。
この場合、その子が学校に行くことは、当然と言えば当然です。
そこを行かないとなると、不自然といえば不自然です。
でもね、その子が学校に着陸するにあたって、横風が強いとか視程が悪いとか、特定の悪条件があったんですよ。
横風や視程の制限はパイロットごとにある程度違うので、別なパイロットは着陸できても、そのパイロットには微妙な条件というのもあります。
その時、その子は脳みそを絞って考えてます。
着陸を強行すれば、何事もなく1日が終わるかもしれないし、大惨事が起きるかもしれない。
いずれも結果論です。
行かないなら行かないで、大惨事は免れるとしても別なところでいろいろ面倒なことになる。
どうしようか。降りようと思えば降りられる。その後どうなるかわからないけど。
降りない選択肢もある。その後だいたい面倒なことになるけど。
これをね、通学路で考えてるんです。空港が、もとい学校が近づいてくるにつれて、いよいよ判断しないといけない。
このように、機長は時に恐ろしく重い判断をしないといけません。
並大抵の判断ではありません。だから、機長の給料は高いんです。
次元は違えど、「学校に行かない」「家に引き返す」とその子が判断した場合。
すずしい顔してサクッとそう決めたと思いますか。
不登校を礼賛しているわけじゃないです。
不登校を善だ悪だと言ってるわけでもありません。
ただ、以上の通り、「○○するのが当然のところを、○○しない」と判断したその判断には、実は思いの外エネルギーを使っているというということです。
これは不登校に限らず、出社拒否とかも当てはまるかもしれません。
あるいはもっと単純に、「断る勇気」みたいなものかもしれない。
何れにしても、それは実は旅客機の機長レベルの判断であって、そんな大仕事自体に対しては「とりあえずその判断は、お疲れさま」の一言があると救われるかなと。
もちろん、それでその機長はパイロット失格でもありません。
いろいろ条件が悪くて、断腸の思いの末です。だから、条件が元に戻れば、また飛ぶ。
学校の生徒であれば、条件の合う場所を新しく見つけることだってできる。
もしもですね、お子様が不登校になったとか、朝出たら朝戻ってきたとか、そういうことでびっくりされたなら。
伊丹から飛んで伊丹に戻ってきたパイロットと同じです。本当は羽田に行かなきゃいけなったことくらい、本人が一番わかってます。
学校の手前で、きっと機長よろしく考え倒して、ぐったりして戻ってきています。
そう考えると、ちょっと見方は変わりませんか。
私は、不登校になったことはありません。
学校が嫌な時期はありました。でも、行かないという判断が怖すぎて、行くしかなかった。
つまりその時期は毎日が強行着陸でした。偶然にも大惨事にならなかっただけです。
それに、それで心が強くなったとも思いません。
悪天候の強行着陸を繰り返したけど運良く大惨事にならなかったパイロットが、心が鍛えられたとか言ってその後自信を持つのはちょっと違う。
今にして思えば、「行かない」という判断ができるだけの勇気や体力を持っていなかっただけです。
だから、その私の目から見れば、「行かない」という判断を実際にした人は、すごいんです。
航空会社の定期便である以上、とりあえずその便で羽田に行くことになってますが。
つまりとりあえずその学校に通うことになってますが。
引き返す、あるいは欠航も仕方ない。そしてその判断は、実は非常に高度です。
その後は、別な手段で東京に向かえばいいんじゃないですか。
飛行機で羽田に行けなくたって、新幹線があります。夜行バスだってある。
要するに東京に行けばいいんでしょ。他に手段なんかいくらでもあるさ。
不登校は、社会不適合みたいな認識を受けがちなんですかね。
どうでしょう。たとえば今日みたいな日は、日本のどこかの空港上空で、悶え苦しんだ後に引き返してる機長がそこそこいるかと思いますが、その機長たちが航空業界不適合ってわけではないでしょう。
ただ、大学生の連中よ。キサマらの自主休講とやらは別だオラ。
どこの機長が「この便面白くねーから」って自主欠航とかするかコラ。
わかったらさっさとカバン持って大学へ行けコノヤロー。
…あ、そうか。今はアレか。アレなら仕方ないな。じゃあもう寝とけ(笑)。
良き1日をどうぞ(^^)