おはようございます。りょうきです。

 

昨日はお金のブラックな話。でもその通りなんですよね。

私は「お金は使うほどに、自分に入ってくる」と言う人は信用しません(笑)。

 

お金はエネルギーと言われます。ある意味そうです。

 

例えば私は色々労力や体力をかけて、授業をします。

その報酬はお金ですが、それは私の労力や体力がお金に姿を変えたと言えます。

 

みなさんがどんなお仕事をなさっているのかわかりませんが。

 

その労力や体力、あるいは知力が形を変えたお金なら、大事にしないと。

つまり迂闊に誰かに流す必要なんか、ないんです。

 

あなたが汗水流して働いて、なぜ別な誰かのお財布が勝手に膨らむんですか。

 

もちろん、あなたが欲しいと思うものは買えばいいと思います。

私だって、家具とか買うわけだし。

 

しかしそれ以外のお金は使う用事がないので、使わない。

とりあえず使うことでお金持ちになるなら、世界中がお金持ちだらけのはずです。

 

私はいうほどお金持ちではありませんが、お金は好きです。

だから、得体の知れない超理論に流したいとは思わない。

それこそお金がかわいそう。お金を手に入れた自分がかわいそう。

 

私はスピリチュアルな話も十分しますが、実はこのように非常に現実的で(笑)。

 

占い師とかにお金を払うのが間違いとは思いません。

占い師さんは、その労力や知力を使って、相談者のお悩みを解決します。

そこで使ってくれた分の占い師さんのエネルギーは、お金という形で補填しなきゃ。

 

ただ、そこに紛れて超理論型のスピ系商売があるのも事実です。

 

占い、スピ系に限りません。

商売をする側の労力を、対価としてお金という形で補填する基本型もあれば。

超理論型も、どの分野にもあると思います。予備校だってあるかもしれない。

 

その見極めは、自分の頭脳を使うしかないんです。

 

こういう分野に片足を突っ込んでいるとね、時々いるんです。

もう呆れるほど、変なところにお金をつぎ込んでいる人とか。

 

それは妙な宗教団体だったり、妙な人物だったり妙なセミナーだったり。

つぎ込んだ先に共通しているのは、「必ず自分の元に返ってくる」と謳うこと。

で、本人はいつになったら自分の出した分が返ってくるのかと思っている。

 

返ってこないよ。だって返ってくる仕組みがないもん(笑)。

たぶん出し続けているうちに、本人が寿命を迎えると思います。

 

お金の理屈は、とっても単純なんです。

 

あなたの何かしらの労力が、お金に形を変えたんです。

 

だから、お金は大事にしないといけない。

あなたが稼いだお金なんでしょう?

あなた以外に、誰がそのお金を大事にしてあげるの?

 

出せば、減るんです。

 

それだけ。

 

本当にお金が好きで、これらをよーく理解していれば。

少しずつかもしれませんが、きっとお金持ちに近づいていく。

 

お金を可愛がるって、きっとこういうことじゃないですかね。

 

だからそのお給料、世界で一番、あなたが大切になさってくださいな。

 

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

先週は耳が痛かったですね。カルマの話。

今週は、ちょっと小休止的にもうちょっとライトな話を(笑)。

 

先週の最後に、スピ系でお金を払って云々というのを書いたんですが。

それについて質問がいくつか。

 

ということで、お金の話第2弾。

ちょっとブラックな要素もあると思いますけど。

単純に、お金を儲けるにはどうしたらいいかという話を。

 

簡単です。

 

お客さんが自分にお金をくれるわけなので、そのお客さんを操ればいい。

 

お客さんの行動は2つです。

財布を緩めことと、何かに必要性を感じることです。

そしてお客さんの目的は、大きく一つ。

「自分にいいことがあること」です。

 

まずは、お客さんの財布の紐を緩めるところから始めましょうか。

 

むちゃくちゃ簡単です。

「あなたがお金を出すと、あなたにお金が入るよ」と言えばいい。

で、ここでお金の仕組みみたいなのをレクチャーするといい。

つまり「お金はエネルギーだから、あなたが出せば、あなたに入る」みたいな。

 

要するに「お金が欲しいなら、お金を使え」と教育します。

そうするとお客さんは、「私がお金を使えば、私がお金持ちになれる」と考えます。

 

で、財布の紐が緩む(笑)。

 

この時点で、お客さんは自身のお金を使うことにもはや抵抗はありません。

ていうかこの時点で、「しからば何かにお金を使わなきゃ」という必要性までできている。

 

そこに「例えばこのパワーストーンは金運を…」ときたら、もうね(笑)。

 

先ほどの「お金はエネルギーだから、あなたが出せば、あなたに入る」ですが。

超理論です。間にいくつも論理が飛躍している(笑)。

 

お金がエネルギーかどうかはさておき、あなたが出せば、どうなるか。

 

あなたのお金が減ります(笑)。

 

ここで売り手側は、自分の超理論を担保しなくてはいけないので、例を出します。

曰く「多くのセレブは寄付を惜しまない」とかどうのこうの。

ほら、彼らも自分からお金を積極的に出しているでしょう?みたいに。

 

どうでしょうね。

「寄付を惜しまないから、どん底からセレブになれた」なら話はわかりますけど。

「セレブになった後、寄付をしている」は全くの別物です。

 

怪しいスピ系もそう。その他もそう。

ガサッと儲けたいなら、お客さんの財布からお金をかっさらえばいいので。

そのためにまずはお財布を本人に開けていただいて、本人の手で中身を出してくるように仕向ければいいんです。本当にかっさらえば犯罪だから。

 

一度、お金セミナーみたいなのに出たことがあってね。

社会勉強です(笑)。一体どんな話がなされているのかなと(笑)。

 

なるほど参加者が自分で財布を開いて、自分でお金を出す道筋が整っている。

 

面白かったです。「日本円の円って、円と書きます。つまりお金は回るもの」から始まって。

「回るものだから、あなたが出せば、回り回って、あなたに返ってくる」。

「だから出せば出すほど、お金持ちに近づきますよ」と。

 

運がいいのか悪いのか、その主催者が私にマイクを向けてね(笑)。

 

主「今お金は足りてますか?」

り「んーまぁ潤沢ではないですね」

主「じゃあむしろどんどん使わなきゃ。ゆくゆくお金持ちになるから」

 

しかし私の粗探し力は学会仕込みの筋金入りで。

 

り「つまり使えばお金持ちになると」

主「その通りです」

り「じゃあ先生が私にお金をください。そうすると私は嬉しいし、先生もなおさらお金持ちになれる。Win-winってやつ」

 

マイクは隣の人に行きました(笑)。

 

どうぞ良き1日を(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

確かAnthony Storrの“Solitude”だったか。

 

I believe that each human being, in spite of sharing many characteristics with his fellows, is genetically endowed with a unique personality. Just as all living things grow, develop, and come to be whatever their inherited structure predetermines they shall be, so a man is urged on by forces of which he may be largely unconscious to express his own uniqueness, to be himself, and to realize his own personality. That it is genetic variation which is ultimately responsible for differences in personality seems certain, for, although what is inherited and how remains obscure, the differences are too wide to be accounted for by environment alone.

 

という文章があって。テキストにも使ったんですけど。

 

人間は性格において多くが共通していながらも、固有の性格というものが生まれながらにそれぞれに備わっていると私は信じている。すべての生き物は成長し、発達し、遺伝子構造に定められている状態にまでなる。同様に、人間は自分ではほぼ気づかない力に後押しされる形で、自らの個性を表現し、自分を確立し、自らの性格を見出すようになるのである。

結局のところ個性の違いを司るのは他でもなく遺伝上の違いであるというのは、確かなようだ。というのも、何がどのように遺伝子に組み込まれて遺伝しているのかはいまだにはっきりわかっていないものの、取り巻く環境だけでは納得のいく説明がつかないほど、性格の違いというのは多岐にわたっているからである。

 

という感じの意味です。

 

これ、完全にカルマ論でしょうね。私の目にはそうとしか見えない。

 

要するにね、あなたの外見というか肉体は、遺伝子でそういう設計になっている。

そしてあなたの性格というか中身もまた、遺伝子でそういう設計になっている。

 

例えば私は糖分で太りやすい体質ですが、それはうちの家系がそうだからです。

つまり糖尿病になりやすい。だから普通の人よりも糖分に気をつけないと。

糖分摂取に気をつけている限り、りょうきは糖尿病にはなりません。

 

同じ構図で、性格も作られていると。

 

例えば物心ついた時から女癖が悪いなら、そういう遺伝子を持っている。

それはひょっとしてその家系に伝わるものかもしれない。

だから普通の人よりもねーちゃんになびきやすい。浮気しやすい。

それならねーちゃんに気をつけないと。

気をつけている限り、ねーちゃんが原因で大失敗はしません。

 

そうすると、私の家系の二輪事故癖、中退癖も、そういう遺伝子か。

なら二輪に気をつける。普通よりも強く意識して、ちゃんと卒業する。

初期設定に甘んじない。自分の意思と気力で、初期設定に勝つ。

 

全ては遺伝子のせいだというのは短絡的すぎるけど。

でもね、あながち嘘ではないと思うんですよ。

 

遺伝子とかDNAとかゲノムとか、そういうのが解明される前に、お釈迦様をはじめ昔の偉い人はなんとなく気付いていた。

それを因縁果とかカルマという言葉で説明したんでしょう。

 

それらが現代になって、「遺伝子」という名前で科学で見えてきたんじゃないですかね。

 

もちろん、二輪事故遺伝子とかまだ見えないですよ。

そんなのあるかどうかもわからない。

でも、カルマの話は遺伝子の話と酷似しているのも事実なんです。

 

「うちは糖尿病家系なんです。だから甘いものは危ないんです」

「うちは浮気家系なんです。だからねーちゃんは危ないんです」

 

後者のダサさよ(笑)。でも大事です(笑)。

 

「色情因縁を持つ人間が、そういう因縁の土地に住んだから、色情因縁が発動した」とか。

要するに「浮気癖のある人が、ねーちゃんのお店が多い土地に住んだから、浮気した」です。

そして「その浮気癖は、その人の遺伝子がなぜかそういう風になっている」と。

 

こう考えると、簡単でしょう。

 

しかしどうしてそんなカルマ、つまり因縁、つまりタネを持って生まれてくるのか。

わかりませんねぇ。本当にわからない。これは考えても仕方ない。

 

でもね、持って生まれる機序が不明なら、ある世代で消える機序もあるんじゃないですかね。

だからね、できるだけ自分の代で消すことに努めるんです。そこに意味がある。

 

それはつまり先祖から託された仕事であり、自分の子孫への愛でもあり。

何よりも、自分の人生を自分の遺伝子に邪魔されるのは看過できん(笑)。

 

ということで、個人のカルマだろうが家系のカルマだろうが、「気づいて、頑張って消す」。

あるいは、「気づいて、少なくとも発動させない」。

 

蛇足ですが、こういうことならスピ系で流行りの「カルマの浄化ワーク」とかって疑問になります。

みんなでお祈りみたいなことをして、あるいはお金を払って誰かにエネルギーとやらをもらったりして、糖尿病体質とか中退癖が治る仕組みはない(笑)。

 

こう考えて生きるのも、立派に、そして上手に生きていくことだと思います。

だから、お釈迦様は「三世をよく見つめ、そして生きよ」と仰っていたのかなと。

神道でも「自分を、親を、先祖をよく見つめ、そして生きよ」と。

 

さて、私のカルマは他に何がある(笑)。

 

どうぞ良き週末を(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

ハッシュダグの「色情因縁」からお越しの方もおられますかね。

嫌な言葉ですね。深い闇にはまりそう。

 

色情因縁という言葉があります。

要するに、「全てにおいて、異性関係が人生の邪魔をする人」を「色情因縁を持つ人」と定義します。「男運が悪い、女運が悪い」を直接指すわけではないんですが、それも同類でしょうね。

 

色情因縁に限らず、因縁という言葉はよく使われます。

とある新興宗教では、「離婚する因縁」「破産する因縁」とか、いろんな「因縁」を定義しているところもあって。

「あんたは離婚する因縁があるから、うちで修行しなさい」という運びになったりする。

 

ここでいう「因縁」はね、私の言葉で言うところの「個人のカルマ」です。

つまり第158講。「自分の失敗方程式」。

 

例えばいつも異性関係で失敗する人は、「異性関係がだらしないことが、いつもその人の失敗の原因」。

それを、ある人は「色情因縁」と呼ぶんだと思います。

 

そうすると、私のカルマ、もとい因縁とやらは。

「甘いもの因縁」がありますね。チョコレートを出されるとダメです。

「衝動買い因縁」もありましたね。これは克服しました。

その他いろいろ。「サボり因縁」とかもあるかも(笑)。

 

一般的には「○○因縁」と呼ばれますが、今日に至るまでの私の定義で言えば、これらは全て因縁ではなくて「因」です。つまり失敗のタネにすぎない。

 

タネに水をやると実がなるように、因に縁をかけると果が生まれる。

 

もともと女性関係がだらしないというタネをお持ちの人が、ねーちゃんばっかりの職場で働き始めたら、ゆくゆく何か失敗するのは明らかでしょう。

 

これはそのタネに、ねーちゃんだらけという水を与えて、何かしらの失敗という実がなると表現できます。

 

逆に言えば、タネを持っていても、水をやらなければ実はならないわけで。

つまり女癖が悪くても、野郎ばかりの職場にいれば、女性関係で失敗することはない。

 

そうすると、気になることがありますね。

 

そもそも何でそんなタネがあるのか。

 

わかりません。でも、脳科学者の中野信子さんが興味深いことを仰っています。

 

「浮気遺伝子」というのがあるそうです。

AとBで一対2本の遺伝子があって、それぞれに長い短いがある。

「多数の異性を関係を持ちたがる人は、AB両方とも短い」そうです。

両方とも長いと、その逆。片方だけ短いとかもあるそうです。

 

つまり個人のカルマ、あるいは別な方が仰るところの「因縁」は、要するに遺伝子のことかなと思います。

 

だから「浮気遺伝子」もあれば、「甘いものに目がない遺伝子」もあって、「衝動買い遺伝子」もある。あなたは何遺伝子をお持ちですか(笑)。

 

自分の失敗方程式は、生まれた時から自分の遺伝子に刻まれている。

つまり、自分の遺伝子に刻む形で、自分の失敗のタネを生まれながらに持ってる。

こういうアレな遺伝子を持って生まれちゃったのは、悲しいことです(笑)。

 

でもね、これらはタネに過ぎないんですよ。水を与えない限り、芽は出ない。

で、水を与える与えないは、自分の判断なんです。

 

さっきの例。

もともと女性関係がだらしないというタネをお持ちの人が、ねーちゃんばっかりの職場で働き始めたら、ゆくゆく何か失敗するのは明らかってやつ。

 

女癖が悪くても、野郎ばかりの職場にいれば、女性関係で失敗することはないわけでね。

仕事終わりに同僚から「ねーちゃんのいる店行こうぜ」とか言われたら、断ればいい。

非常に勇気と体力の要る決断だと思うけど(笑)。

 

占い師に「あんた色情因縁があるね」とか言われて凹んでいるなら。

それは「あんた異性関係で失敗しやすいから、できるだけ異性のいないところを選んで行くと人生捗るよ」という意味です。その占い師の言い方がアレでしたね。

 

でもね、そういう因縁=カルマ=個人の失敗方程式=生まれながらに持つ失敗のタネは、別に占い師に見てもらわなくても、自分で自分を省みればわかるでしょう。

 

あとは158、159講の通り。ご自身の気力と色々で自分をコントロールすればいいんです。

誰かに言われるままに、何かを買ったり修行に入る必要はありません。

ま、いうは易しだけどね(笑)。

 

よき1日をどうぞ(^^)

りょうきです。おはようございます。

 

昨日のエピソード、わかりやすいでしょう(笑)。

 

今日はそれに繋がる雑談。水曜日だし。

 

誰かの陰口、悪口が多いひとっているでしょう。

...って、これもある意味陰口なんですけどね(笑)。

 

あなたとAさんが会話していて、AさんはBさんの悪口を言う。

Bさんはそこにいません。

 

これを聞いてるあなたは、どう思うか。

あなたのBさんに対する認識次第かもしれませんが。

 

結論から言うと、Aさんもあなたも蝕まれます。

そこにいないBさんの悪口で、両方とも知らないうちにどんどんやられていく。

 

なぜか。

 

 

人間の脳は、主語を認識するのが下手だからです。

 

 

特に、視覚情報がない時はなおさらです。言語情報は比較的弱い。

 

例えばね、目の前のAさんが「Bさんってキモイよねー」と言ったとします。

この時、あなたの脳は”Aさんが私に話しかけてる画像”と「キモイよねー」を優先的に取り入れます。

 

そして、右脳では ”Aさんが「キモイよねー」と言った” とだけ認識します。

左脳は確かに言語を司りますが、それは与えられた情報が言語だけの時のようです。

 

文章とか同時通訳の音声だけとか、本当に言語以外の情報を遮断された場合は右脳がお留守になりますが。

ところが会話とか映像とか、特に視覚が関わる時は右脳が優位になって左脳がややお留守になります。

 

この時右脳は目の前の映像と、「キモイよねー」みたいなパワーワードだけを拾うんですね。

ところが左脳はお留守がちなので、「Bさんって」という主語を拾ってはいるけど、右脳の情報を上書きできるほど優位になってない。

 

つまりこれは、脳が混乱している状態です。

でも潜在意識レベルではどこかで落としどころは見つけないといけないので、優位な方で情報を整理するらしい。

 

ということで、「まるで自分が悪口を言われた」ような不快感が生まれます。

 

予備校の先生って、悲しいかな結構極端な人も多くてね。

自分の授業中に、他の先生とかの批判をする人もいるにはいます。

 

でもね、それに対する生徒の反応は冷ややかでね。

というか、そういう批判の時間を理性を超えて不快に思う子は多いです。

 

でしょうね。潜在意識レベルでは、自分が悪口を言われてるように感じてる。

 

そうすると、言ってる本人はどうなのか。

本人は、悪口を言う顔が自分の顔なので見えません。だから聞かされてる側よりもマシです。

一応自分の声で自分の耳に入ってるのでね、ある程度潜在意識は侵されますけど。

でも聞かされてる側はたまったもんじゃない。言ってる側は、罪が重い(笑)。

 

そういうことを言いすぎて、あるいは聞きすぎて、もう麻痺しちゃってる場合はお互いに笑えるんでしょうけどね。

そうでないなら、言う方も聞く方も、どんどん潜在意識を蝕まれていくんですよ。

 

ということでね、この「主語の認識が下手」を、逆手にとってですね。

その場にいない人を話題にするときは、できるだけ褒める方向でするといいです。

「Bさんって、かっこいいよねー」とか。「あんな風になりたいよね」とか。

 

これをするとね、自分の脳がいい方向に騙されます。

まるで自分がかっこいいと言われたかのように思うんですね。だから心地よい。

 

したがって三人称は、褒める専用にすべし。

どうしてもBさんがキモいと言いたいなら、Bさんに向かって「貴様はキモい」と言うべし。

つまり批判は、二人称が望ましい。それをする勇気がないなら、やめておく。

 

主語の件は、脳科学者の中野信子さんが仰っていました。

本当にそうだよなと思います。

 

B’zの“Love me, I love you”にもありましたね。“けなしてないで、たまにゃ海も山も人も誉めろよ”だったか。

 

うーむ、今日のお空はとってもきれいだ(笑)。

 

良き1日をどうぞ(^^)