おはようございます。りょうきです。

 

今日も黒板の前でしゃべる。うーむいつも通り。

 

私には妹がいるんですが。

私が塾の先生を始めた後で、彼女は予備校事務のアルバイト採用試験を受けました。

その試験の過程で、「ちょっと教壇に立って何か喋って」というリクエストが。

模試の監督などの時は教壇から指示を出すので、それができるかを見たんでしょう。

 

妹は教壇に立って、フリーズしました。

 

帰宅して曰く、「あんな人前で喋るとか、お兄ちゃんって実はすごいな」とか。

オマエができないだけだよ(笑)。

 

私の妹はね、感情の表現が比較的苦手なようで。特に笑うのが苦手みたいです。

面白いと思う感情は人並みにあるけど、それを出すのに「きゃははは」とか笑えません。

面白いと思いながら、笑い方がわからない。結果、「むへへへ」と変な笑い方をします。

 

そろそろ止めとかないと、妹に呪われそうな気がしてきた(笑)。

 

何の話なのか。

 

得意不得意の話です。主に仕事の。

 

私の場合、何百人の前でも普通に喋れます。震えたりしたことはありません。

声もそれ用の声とか出しません。地声で喋ります。

そして、これまでにそのようなトレーニングなどは、したことがない。

 

と思ったら、妹のように数人の前ですら喋るのが困難な人間もいる。

もちろん、妹にできて私にできないこともたくさん。

 

お読みの皆さんにも、得意不得意ってあるでしょう。

他の人ができないのを見て、なんでこんなことができないの?と思うもの。

と思ったら、誰にどれだけ教わっても、自分は決して一定レベルを超えられないもの。

 

広義での才能ですかね。

もうこれは持って生まれた/産道に置いてきたとしか言えないもの。

 

これもね、カルマなんです。

 

先々週までのカルマの話は、どちらかというと望ましくないものでした。

つまり遺伝子レベルで持ち合わせている、自分や家系のダメな癖。

 

ところが、ダメな癖もあるなら、いい癖もあるんです。

遺伝子レベルで持ち合わせている、自分や家系の得意分野です。

 

誤解を恐れずに言うと、私は「努力すればなんとでもなる」とは思いません。

加えて、「人間の能力は、各分野においてその素地は平等」とも思いません。

 

もしも全分野での能力が皆平等で、そして努力次第でなんとでもなるなら。

月に行くほど事業を拡大させて、オリンピックにも出て、ノーベル賞まで取るハリウッドスターとかいてもおかしくないはずです。

それぞれの項目ごとに20年かかるとして、途中二重になる期間もあるとして。

80歳まで生きるとしたら、理論上可能なはずでしょう?

 

ところがそんな人いないんですよね。

 

事業家もノーベル賞学者も、遺伝子レベルで自分の得意なことを集中して伸ばしたのかなと。

 

同業者(雲の上)の林修先生が曰く。

 

「みんな、できることを増やそうとするけど、それが間違いなんです。

できることは、1つでいい。あとはみんなできなくていい。

僕の周りで成功している人は、みんなそうですよ。」

 

「自分が勝てる場所で、努力しなきゃ。」

 

あと何だったか、ドラえもんの映画のエンディングテーマ。

武田鉄矢の歌だと思うんですけど、「1番が一つあればいいんだね」という歌詞が。

 

真理だと思います。

 

あなたが当たり前にできてるそれ、たぶん他の人は逆立ちしてもできない。

 

それはきっと遺伝子レベルでのあなたの武器です。大事にしなきゃ。

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

先週のお金の話に続いて、今週は仕事の話。

先週、生徒の一人から質問を受けてね。

 

「プロって何ですか」

 

うーむ。何だろう。というか君、勉強はどうした(笑)。

 

お金をもらうこと、とその場では答えたんですけどね。

つまりお金をもらっていることを自覚しながら仕事するとか。

でももうちょっと深い気もする。

 

ということで考えました。

私なりに出た結論。

 

「一挙手一投足に、根拠があること」ですかね。

 

そういう人を見ると、あープロだなぁと思います。

 

例えば予備校の先生で考えます。

 

予備校の先生の場合、その仕事の目的は至極単純で。

目の前の学生たちを、合格に近づけることです。

少なくとも、自分の担当科目においてそれをすることが仕事です。

 

私は英語の先生なので、目の前の学生たちの英語の成績をあげればいい。

で、私の行動の全てが「彼らの成績が上がるかどうか」を基準に選別されます。

 

授業でこういうこと喋ろうかなとか、こういう問題出そうかなとか考えます。

そこで判断するわけですね。それをやって成績が上がるのかという基準で。

 

成績が上がる要因になるなら、やる。

ならないなら、やらない。

 

それを、あらゆる次元でするわけです。問題選びから、雑談のネタまで。

 

だから、仮に「なぜこんなことをさせるのですか」とか、「なぜ先生はそのように言うのですか」と問われても、その行動・発言にはこういう根拠があるから、と答えられる。納得させることができる。

 

 

蛇足ですが、クレームが来た時に人は2通りに分かれます。

 

保護者からのクレームは、電話がかかってきた時点ではまだクレームとは言えません。

どちらかというと、まだ「質問」の状態です。

つまり「うちの子が塾で先生にこんなことを言われた、させられたと言っているが、どういうことか」というね。心中は我が子を擁護する方へ寄ってはいるものの、とりあえずこれは文字通り「どういうことか」という質問に過ぎません。

 

そこですぐに、こういう根拠でと答えることができれば、保護者は納得します。

もちろん納得のいく根拠であることが前提だけど、質問に明確に答えたわけです。

納得のいく答えを得た保護者様は、「今後ともどうぞよろしく」とニコニコ電話を切ります。

 

ところがそこで今ひとつ答えに窮すると。つまり説明があやふやだと。

保護者からの「質問」が本当の「クレーム」に変わります。

 

「ロクな根拠もないのに、そんなことしやがった/しないでやがったのか!」。

…というのが、クレームの本質なのでね。

 

例をひとつ。

 

ある気功師の先生は、施術中にテレビを見ながら患者さんに気を当てていたそうで。

それをどうかと思った患者さんは、テレビを見ながらとは何事かと詰め寄ります。

 

先生曰く「テレビを見ながらでも、効果は変わらないから大丈夫」と。

 

私はこれアウトだと思いますね。だったらテレビ消せよ(笑)。

 

テレビを見ることでこういうことになって、実は効果が倍になるならいいけど。

どっちでも同じなら、積極的に見る必要はない。

仮に見ながら施術したとして、それを患者さんがどう思うかを考慮に入れてない。

 

今から施術だが、テレビをつけようかどうしようかという選択があって。

つけてもつけなくても施術は同じなら、テレビは患者さんの回復には関係ない。

したがってつけない。

 

という判断なら、プロだなぁと思うんですけどね。

 

要するに、その仕事の目的だけにのめり込んでいればいいと思うんです。

そうやってのめり込んでいる人を、プロというのかなと。

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

お金の話も今日で最後。

 

りょうきのお財布はどうなっているのかという質問が。

 

いくらでもお答えしますよ。私はお金持ちじゃないけど(笑)。

 

まずね、お財布は小さいのを使ってます。

回し者じゃないけど、エムピウのミッレフォリエのグリージョです。

 

クレジットカードが一枚入ってますが、手が込んでます。

自分でお守りを作ったりするときに、和紙を独特な折り方にするんですけど。

その特殊な折り方をした和紙に入れて、糊で封じます。

 

そこに、「EMERGENCY USE ONLY」みたいな術をかけます。

簡単です。EMERGENCY USE ONLYと書くだけです。

その状態で、財布に入れてます。

こうすると、本当にやばい時しかカードを使いません。

 

あと、私は1日千円生活男です。

今の財布にしたのは、3枚入るカードケースが、3日分の千円ケースにできるからです。

 

1日が終わると、やや使い残した小銭が発生します。183円とか。

家に帰ると、お賽銭箱にその小銭を入れます。箱は年末に開けます。

 

もちろん、緊急時用の現金も持ちます。これも和紙に糊封の、術つきです。

 

緊急時用の現金は、エピソードの強いものがいいです。

私の場合、ちょっとお役に立った結果、叔母がくれた大切なお札です。

つまり、普通のお札じゃない。自分にとって、特別な経緯のあるお札です。

 

そのお札そのものを、そのまま厳封します。

そうすると、その特別な経緯以上のことがない限り、封を開けることはありません。

 

この「自分にとってだいぶ大切なお札をキープする」作戦は、効きます。

お金の本来の使い方ではないが、お金を神札として、お財布ごとお守りにしてしまう。

そうすると、「神様助けて!」な時くらいしか、その封は開けないものです。

 

加えて、もはやお守りになったお財布だから、そこに診察券が入るのはおかしい。

お守りにレシートが入っているのもおかしい。免許証もちょっと違う。

 

私のお財布は、本当に現金とクレジットカードしか入ってません。

しかもそのうち2つは術を施した上で厳封という(笑)。

 

昔の投稿で、風水インテリアのことを書きました。

その中で、「家に置いたらヤバいものとかあるか」に、「墓石とかはちょっと」と。

墓石が悪いんじゃなくて、家というものの気にそぐわないからです。

 

お財布も同様です。

 

まずね、自分で自分のお財布の気を決めてください。

 

この時、できるだけ尊い気にするといい。

つまり私のお札のような、自分にとって額面以上の価値のあるお札を入れるとか。

 

で、その気を邪魔するものは、何一つお財布に入れない。

その気を害するようなものは、何一つ買わない。

 

私にとって、このお財布は非常に尊いものです。

そのように自分で仕立て上げました。だからこの尊さは、他人にはわからない。

そして、そのお財布の尊さを基準に、お金の出し入れとかを考えるんです。

 

 

お金持ちの人って、こういうことしている人多いですよ。

 

金運財布とかももちろんありますが、何よりもご自身の中で「自分にとって特別」という認識でお財布を持っているんですね。

 

満月に向かってお財布を振るのもいいですが、こういう形でお財布、お金、ひいてはそれを稼ぐ自分の労力を大切にしてみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

スピ系のままに、黄色とかヘビ皮の財布を買う必要はありません。

高いお財布である必要はないし、新しいお財布である必要もありません。

お財布を買った日が仏滅でもいいんです。

 

それら全てを消し去るような、あなたが尊いと思える要素がそのお財布にあるなら。

その尊さがなくならない限り、そのお財布はあなたの金運財布です。

 

どうぞ良き週末を(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

お金の話。今日の俺はいくら稼ぐ。

 

166講、つまり月曜日の投稿で書いたんですけど。

怪しいお金セミナーでの「日本円の円って、円と書きます。つまりお金は回るもの」。

 

これは、実は真理でもあります。

日本語って面白いもので、言葉にそのモノの本質が隠れてたりする。

 

ただし、「円」からの「お金は回るもの」は、個人の財布に限ります。

個人の中だけで、円形に回るもの。どういうことか。

 

プールがあります。中に人がいっぱい入っている。

上から見て時計回りに、全員がプールの中を歩くとします。

 

みんな最初は大きな抵抗を受けながら歩き始めます。

でも、だんだん時計回りの大きな渦みたいなのが出来ていく。

 

この時計回りが、個人の収入です。

 

つまり最初はある程度の力が必要だけれど、途中から楽になる。

あとは、渦が弱くならないように維持する手間だけで済む。

 

そのプールから水を汲んで外に出すのが、支出です。

これは単純なので、要はあまり外に出さなければいい。

 

問題は、抵抗勢力です。

 

時計回りの渦の中で、一人だけ反時計回りに歩くとします。

非常に骨が折れます。

 

しかし仲間を募って何人かで反時計回りに歩いてみると、だんだん互角に。

そのうち時計回りの流れを逆転させてしまうかもしれません。

 

この抵抗勢力が、借金です。

 

お金持ちの人のお財布を、見えない世界風に表現するとどうなるか。

抵抗勢力がなく、ひたすら時計回りにものすごい渦が出来ている状態です。

そこから外に出される水も、最小限にとどめられている。

そして渦の勢いがすごいので、その負圧で端っこの水まで吸い込んでしまう。

 

ちょっとイメージ的な表現が過ぎるんですけど、お金のエネルギーってこういうこと。

 

だからね、とりあえず時計回りに回しとけばいいんですよ。

そして何よりも、抵抗勢力をつくらない。

 

借金ってね、借金を呼ぶんです。

なぜでしょうね。でも借金すると、別な借金ができたりする。

カビみたいなもんですかね。1箇所カビると、気づけば部屋中カビる。

 

お金持ちの人って、ニコニコ現金払いが実はほとんどです。

クレジットカードは、持っているけど使いません。

家でさえ現金で買います。自営だとローンが難しいというのもあるけどね。

 

で、みんなに共通するのは「極端に借金を嫌う」ことなんですね。

 

と思ったら、普通の家庭ほど借金が多いでしょう。

家、車、その他のローン、分割払いでの買い物、クレジットの請求etc.

 

もしもね、家計が反時計回りに回っているなら、抵抗勢力優位の状態です。

ということで、一人でも抵抗勢力を減らすといいです。

 

現代の日本では、ローンもなしに家を買うことはちょっと現実的ではないので。

家とかどうしようもないローンはさておき、他にローンをつくらない。

クレジットカードも、信用上は持つとして、使わない。

 

ある時、私の通うスポーツクラブに、ある男性が来られました。

ある時から、入会にはクレジットカードを作らないといけないことになってます。

会費は、そのカードでのクレジット払いなんですね。

 

その旨を聞いた男性は、じゃいいやと踵を返してひょいと帰りました。

 

この人、相当のお金持ちだろうなと思います。

クレジットとか、そういうのを聞いた途端に「ここは違う」とすぐ帰る。

「お金に困らないお金持ち」に共通する特徴です。

自分の時計回りプールにおいて、何が抵抗勢力なのかをよく知っている。

 

で、そのプールを時計回りに回すことだけに興味があるんでしょう。

 

うーむ、のめり込んでおられる。

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

今日のタイトル。「あんたはお金に困らない人だよ」。

占いとかで、言われたことのある人もいるかもしれませんね。

 

時々います。

「あんたはお金に困らない人だよ」と言われたのに、なかなかお金持ちにならない。

ということでりょうきさんちょっと視て、と。

 

私は占い師ではないんだけどね(笑)。

 

これね、その占い師さんは合ってました。

その相談者は、「お金に困らない人」です。

ところが問題は、本人が「お金に困らない人」を勘違いしている。

「お金に困らない人だよ」=「大金持ちになるよ」だと思ってるんですね。

 

違います。

 

「お金に困らない人」は、文字通りです。お金に困らない。

収入や資産が大きいとか小さいとかは関係ありません。

 

例えば、私の祖父母は小さなクリーニング屋をしていました。

取次じゃなくて、祖父が実際にアイロンをかけます。

 

田舎の町の、本当に小さな店です。アルマーニを持ち込む人とかいません。

具体的な収入は知りませんが、それほど儲かる商売でもありません。

 

ところが、もう両方とも鬼籍に入っていますが、どこにも借金もせず、綺麗に店をたたんで、何も足りないことのないまま星へ帰りました。

 

彼らは「お金に困らない人」です。

来月払うお金がない、大変だ。とか言ったことがない。

 

私も「お金に困らない人」みたいです。去年はちょっと危なかったけど(笑)。

 

「お金に困らない人」は、「足りない」がないんです。不思議と。

今月は2万円ほどやばいなぁと思ってたら、ちょうど2万円ほどカバーされるとか。

 

そういうのがうまく回る人という意味ですね。

これはこれでいいことですよ。とりあえず心配のいらない生活ができますので。

 

お金に困らない人というのは、以上の通り。

つまり身の丈通りの生活をしている限り、急に来月が見えなくなることはない。

 

身の丈通りの生活だったら、誰だってお金に困らないじゃないかって?

 

そうでもないですよ。

身の丈通り、身の丈以上あるいは切り詰めていても、困る人は本当に困るものです。

 

4畳半に住んでいようが豪邸に住んでいようが、困るタイプの人は必ず困る。

「大変だ、来月からここに住んでいられないぞ」とか、何回も言ったことがある。

もうね、突然ホームレスになる現実がすぐ目の前に来たりするんです。

 

そういう経験がないなら、あなたは「お金に困らない人」です。

 

それでももしあなたのお財布が肌寒いなら。

それはたぶん余計なお金を使ってるだけかなと(笑)。

 

「お金に困る人」は確かに存在しますが、少数派なのでね。

 

最近思うんです。

特に去年強制断捨離を食らってからですね。お金のこと。

 

いうほど、モノって必要ないんじゃないかなと。

 

特に私は、「不要なものに囲まれないことで幸せを感じる人」なので。

お金を使って何かを買うほどに、たぶん自分を苦しめていくかんじ。

 

叶わないかもしれないけど、一度私の住まいに来てみるときっと面白い。

本当にモノが少ないです。でも、足りないものはないという不思議(笑)。

 

結局ね、自分が可愛いんですよ。

だから自分のエネルギーの化身であるお金も可愛い。

だからそれを変な根拠で出させようとする貧乏神には、容赦なく九字を切る。

 

つまり自分のお金は、誰かにコントロールされたらダメなんです。

多かろうが少なかろうが、誰が何を言おうが、自分でコントロールするものだから。

 

…ところで宝くじ当たんねーかな(笑)。

 

 

良き1日をどうぞ(^^)