魂を揺さ振るものに惹かれる…(小林よしのり編①) | フォゲットミーノットのブログ

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二十代の頃に、靖國神社の社頭掲示の戦死者の遺書を、広報誌を通じて初めて目にしました。


それまではそんなに関心もありませんでした。



神社発行の『英霊の言乃葉』を取り寄せ、読みました。

この文章、ほんとに十代二十代の若者が書かれたの?
と思うものもたくさんありました。

涙涙でした。


その頃から、戦死者や特攻隊のことに関心を抱くようになりました。




そんな折り、立ち寄った本屋で、パッと目に入ったのが、漫画家小林よしのり氏のゴーマニズム宣言スペシャル『戦争論』の表紙です。


その頃は小林氏のことも全く存じ上げませんでした。


本を読み進めていくと、知らなかったことばかりで、本当に衝撃を受けました。


政治家やいろんな人を風刺した絵は実によく描かれていますが、漫画はともかくとして、所々に魂を揺さぶる言葉があるんですね。


テレビ、マスコミ、メディア、新聞等の報道が、すべて正しい事実を情報発信されているものと思い、大して疑うこともなかった自分でありました。


いつもいつも、先の大戦は日本の侵略戦争で、多くの国の人々に多大な苦しみを与えた…

と言われれば、
あぁ、そうなんやと思ってしまいます。


学校で歴史の授業もありましたが、忘れてしまいました。




そんな無知な私ですが、最高の歴史の本に縁をいただいたと思います。




『わしは祖父たちを守らねばならぬ。


国を思い、南の島で「紙」の雪を見ながら死んでいった、祖父の戦友たちも守らねばならぬ。


戦争は悪だ。二度と戦争をせぬように、教訓として、いや「見せしめ」として、我らのじっちゃんたちに、ありとあらゆる罪をかぶせて、世界中から軽蔑されるように仕組んでやろう。


そのように考える連中、マスコミ、左翼ジャーナリスト、市民団体、弁護士などの精神の卑しさとわしは戦う!
………


人は個人を越えねばならぬ時がある。


自分の身だけ大切じゃすまぬ時がある。


わしは『ゴー宣』を描いていく中で、それを悟ってしまった。


愛する人のため…
家族のため…
多くの人々のため…
国のため…

戦わねばならぬ時がある。

ましてや「個人」は、社会のヨコ軸と歴史のタテ軸の交差する一点に位置する「個人」であり…


自分に連なる祖父たちを、単なる犯罪人同様に扱って切り捨てては、犬猫なみのケモノに落ちてしまう。


歴史を持つ者こそが“人間”だからだ!
………


はっきり言って、わしは善人でありたいとも、正義でありたいとも言ってない。

悪人と言われても、祖父たちを守ると言ってるのだ。


かつて戦った祖父母たちの上に…

日の本の島にも…

若い世代の情の雪を降らすのだ!




つづく…