- 初夜 (新潮クレスト・ブックス)/イアン・マキューアン
- ¥1,785
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去年のちょうどこの時期だったと思う。ブックファースト渋谷店の上の階、書評本が並ぶ向かいの棚にこの本が並んでいたのを見つけた。こんなタイトルに魅かれない訳がない。
ストーリーをありていに言えば、初めてでそれぞれに不安を抱える男女が初夜を迎えるが、女がペニスを「導き入れ」ようとしたら男がヤる前にイっちゃって、それをきっかけに結婚破棄。今になって考えてみると、彼女ほど深く愛した女はいなかったのに。てな感じ。というか、それ以上でも以下でもない。
「彼らは若く、教育もあったが、ふたりともこれについては、つまり新婚初夜についてはなんの心得もなく、彼らが生きたこの時代には、セックスの悩みについて話し合うことなど不可能だった。いつの時代でも、それは簡単なことではないけれど。」
小説の舞台は、1962年。エドワードとフローレンスは結婚式を終え、イギリス海峡に面するチェジル・ビーチのホテルのハネムーン・スイートで初めての夜を共にする。実際の小説は、その数時間の濃密な時間と、二人の思いを形作る様々な思い出との間を行き来する。二人の育った環境や家族、歴史・クラシックへの情熱、二人の出会い、そして恋。
しかし、エドワードと結婚し愛の喜びを感じるフローレンスは、同時にどうしようもない嫌悪感を抱えていた。
「彼女の問題は単なる生理的嫌悪以上の、もっと根深いものだった。肉体を絡み合わせることに対して彼女の全存在が反撥し、心の平静や根本的な幸福感が侵されるような気がしていた。要するに、彼女は『入れられる』あるいは『挿入される』ことを望んではいなかったのだ。」(p.11)
また、「失敗」と「後退」を経験しながら、エドワードが結婚という言葉に託し、フローレンスが結婚という言葉から痛切に感じていた、「期待」が描かれていく。
「彼の望みは、彼に考えられることはただひとつ、自分とフローレンスが裸になって、隣の部屋のベッドに横たわり、宗教的恍惚のイメージや死と同じくらい日常生活からかけ離れた、あの畏れおおい体験をすることだった。」(p.22)
「要するに、結婚すると決めたのはまさにこれに同意したにほかならないということだった。これをすること、これをされることが正当なことだと彼女は認めたのである。」(p.33)
そして、ベッドへ。
「彼らはささやき声で『愛している』と繰り返した。たとえどんなに小さな声だろうと、自分達を結び付け、自分たちの利害が一致していることを証明する、決して色褪せることのないこの決まり文句をとなえていると、彼女は気持ちが落ち着いた。もしかしたら、最後までやり遂げられるかもしれない、と彼女は考えはじめていた。しっかりといた気持ちを保って、彼を納得させられるくらい上手に感じているふりをして、そのあとは、何度も繰り返すうちにだんだん不安が薄らいで、やがてはほんとうに歓びを見いだしたり与えたりできるようになるかもしれない。…(略)…彼女は既に新しい領地の奥深くまで足を踏み入れており、もはや引き返すわけにはいかなかった。」(p.102)
「まず手にふれたのは睾丸だったが、いまやすこしも怖くはなかった。…(略)…その驚くべき毛だらけのものを、彼女はそっと指で包んだ。それから、その下側をなでるように指を滑らせ、ペニスの根元まで来ると、細心の注意を払いながら、そこに手をあてがった。どのくらい感じやすいものなのか、頑丈なものなのか見当がつかなかったからである。ペニスに沿って指を滑らせ、そのシルクみたいな手触りに興味を覚えながら、先端に達すると、そこを軽くさすった。それから、自分の大胆さにわれながら驚いたが、すこしもとに戻って、中ほどをしっかりとにぎると、それを下に引いて、ちょうど自分の陰唇にふれているのがわかる位置まで持ってきた。」(p.105)
しかし、泣き叫ぶような声を発したエドワードから、「ギョッとして手を放すと、エドワードは途方に暮れた顔をして体を起こし、そらせた背中の筋肉を痙攣させて、勢いよく自分自身のものを放出させた。」(p.106)
「ほんの三十秒ほど前には、彼女は自分の感情をコントロールして、冷静な見かけを保っていられるだろうと自信をもっていた。だが、いまや、他人の体から出た体液を、どろどろとしたものをかけられることに対する根源的な嫌悪を、心の底からの恐怖を抑えられなくなった。…(略)…彼女は我慢できなかった、拭い取らずにはいられなかった。エドワードが体をちぢめている前で、彼女は後ろを向いて膝立ちになり、ベッドカバーの下から枕を引っ張り出すと、半狂乱になって体を拭きだした。」
そして、「彼女は彼の前から逃げ出さずにはいられなかった。」(p.107)
男としては部屋に残されたエドワードに大いに同情させられる。彼を包み込んでいたのは、深い失望だった。
「まる一年のあいだ、彼は相手の言いなりになって苦しんできた。体が疼くほど彼女を欲していたにもかかわらず。そして、ほかにもさまざまなささやかな欲求があったにもかかわらず――本気でキスをしたいとか、自分の体にさわってほしいとか、彼女の体にさわらせてほしいとか、ほとんど涙ぐましいほど罪のないことだったのに。結婚の約束だけが彼の唯一の救いだった。」(p.133)
「彼女はキスしたり触られたりするのが好きではなく、たがいに体を近づけるのも好きではなく、彼にはなんの興味ももっていないのだ。彼女には肉感的なところはなく、性欲というものがない。彼が感じていることを感じることができないのだ。エドワードは決定的な一歩をやすやすと踏み出した。彼女はそういうすべてを知っていて――どうして知らなかったなんてことがありうるだろう?――彼を欺いてきたのだ。…(略)…彼女は嘘をついていたのだ。」(p.134)
これ以上ここで述べることはないと思う。もちろん、上に抜き出した決定的な場面の描写だけがこの小説のポイントではない。でも、エドワードとフローレンスという二人の主人公が「愛」、「結婚」という言葉に託した思いの交錯そしてすれ違いをこの場面に見る時、ある種の感慨を覚えずにはいられない。
訳について、原作を読んでないのでこういう言い方は失礼かもしれないが、悪くはないと思う。「英文和訳」的なところはあるけど、その訳の硬さによって伝わる空気感はあるので、否定はできない。ヒマを作っていつか原作も読んでみたいけど、その前に読みかけの『メイソン&ディクソン』を読むことになりそう。