『開高健著作集』に所収されている「サイゴンの十字架」で、「マスコミ」が「増す混み」となっている箇所がある(281ページ)。

たぶん誤植だと思うんだけど、なかなか言い得て妙な気もしてきたりして、開高ともなると意図してやったのかと思ったり、一瞬原文を確認しようかとも思ったけれど、まあいいやという気分になったりして、ああ、こうして気分を変えさせるのも開高文学の魅力でもあるなあと感じ入ってみたり、なかなか、ひとつの誤植(かどうかわからないわけだけれど)というものの効用の大きさを感じたりしたのでありましたとさ、しゃんしゃん
gooニュースにこんな記事があった

新聞など読む生徒、高い読解力

YOMIURI ONLINEの記事なんだけど、こんな内容↓

 7日に結果が発表された2009年の国際学力調査(PISA)に伴う生徒への質問調査から、小説や新聞を読む生徒の読解力得点が高いことがわかった。

 PISAの得点は、OECD加盟国平均が500点になるよう調整している。日本の読解力の得点は、「小説を読まない」グループが平均501点だっ たが、「読む」グループは47点高い同548点。同様に「新聞を読まない」グループ同506点に対し、「読む」は25点高い同531点で、いずれも「読 む」生徒の得点がかなり高かった。

 また、「趣味で読書はしない」生徒の割合は44・2%で、00年から10・8ポイント減と改善した。OECD平均(37・4%)と比べると依然高いが、00年で比較可能な国・地域の中では最大の減少率だった。


でもさぁオレなんか高校時代、新聞穴があくほど読んでたけど、現代文の成績とかとんでもなく悪かったぜ?

センターとかもさっぱりわかんなかったしww

そう考えると「読む」から「読解力が高い」んじゃなくて、「読解力が高い」人の方が「読む」んじゃないの?


しかもさ、まぁ誰がタイトル付けたのか知らないけど、この結果からストレートに見ると、新聞読んでるヒマあったら小説読めってことだよね。新聞がそんなこと書けないだろうけどw

ってことは、オレも新聞読まずに小説読んでりゃもうちょっとセンター取れたかな~


と、PISAの読解力テストがどんなものなのかも知らずに言ってみる



P.S.

うぃるそんはゲストの選定にてまどっております

しばらくお待ちください

 

MはHO市の内定決まったらしい

で、小説書くらしい

楽しみ
イギリス近代史講義 (講談社現代新書)/川北 稔
¥798
Amazon.co.jp

期待してたような本じゃなかった。
(でも、それはオレがこれでイギリス現代政治を乗り切ろうと考えていたからで、そんな卑しい先入観を別にすれば)
いい本だった。

もとは講義で、語りおろしということもあって、実証性はまったくわからないし、実際、ン、と思うところがないでもない。
けれど、著者がここで語ろうとしたことはそんなことじゃないんだろう。

ここで語られているのは、すでにイギリス研究の大家となった著者が、どのように歴史を考えてきたのかということ。経済史、家族史、人口統計学、世界システム論…著者がそれらをどのように紡ぎあわせながら歴史を考えてきたのか、現在進行形のそうした過程を見ることができる、そうした意味で本書はおもしろかった。

具体的には、すでに古くなってしまったような考え方だけれど、なぜ(経済)成長がいいものなのか、英語の経済的価値がどれだけ大きいものであったのか、そういったことを考え始めた人の思考の足跡を見ることができるし、何より婚活的にも、いろいろおもいろい話が。

イギリスがかなり早い段階から単婚核家族であったという話や、婚姻継承財産設定の話など(話はしかもそこから救貧政策につながるのだ!)、家族史に興味をもつ著者の本だからこそ出てくるのだろう。近代イギリスにおいては「婚姻政策」や「結婚市場」といった用語がふつうに用いられていたというのも、なかなか興味深いじゃないか。

まあ、そんな感想を聞いてこの本を手に取る人なんてメッタにいないだろう。
そう考えると、この本と自分とをつなぎあわせた「いかに授業に出ずに単位を取るか」という卑しい目的も、けっして捨てたもんじゃないのかもしれんなぁと思う。

http://www.j-comi.jp/



永遠の名作、ラブひながpdfで読める時代に。pdfを選んだ赤松さんの判断はさすがとしか言いようがない。Kindleでも問題なく見られるハズ(まだ試してない)。

何回も読んだことあるけど、やっぱラブひなはいい。余裕がなくてpdfダウンロードしたヤツはまだ読めそうにないけど、早く読みたい…

ネギまもほのぼの日常テイストをそろそろ入れてほしい。ネギま連載当初は俺主人公たちと同学年(中2)だったんだが…今や7歳差wどんだけやおいw
シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ (文春文庫)/田丸 公美子
¥580
Amazon.co.jp

むかし米原万里の本を色々読み漁っている時に田丸公美子という名前がしばしば出てくるので気になってはいたため、この人の本も何冊か読んでみた。今回Kindle用に電子化したので改めてパラパラ読んでみたが、やはり面白い。田丸さんの母校のノートルダム清心はわが母校のすぐ近くにある真面目な女子校なのだが、それなりにあの学校について知る人間としては、卒業生の一人がこんな人だと知るのも面白い。

イタリア語通訳として著者が見、聞き、体験した様々なイタリア人のエピソードが収録されている。もちろん誇張されている部分は大いにあると思う。巻末の米原万里との対談では、「イタリア男について日本人が思い描く像を、もっと裏切ってもよかったんじゃない。」と指摘されているが、たしかにそう思う。俺自身この本読んで実際イタリアに行って仲良くなった友達にはクソ真面目な優しいヤツももちろんたくさんおって、やっぱ会ってみると違うなぁ、、と。

それでも、来日して夜の街へと女を求めて出かけ、浮気に精を出すイタリア人男性を温かく見守り、自分の妻を愛せないイタリア人男性が来日した際に「お風呂」で思い出に残る「サービス」をした「まりちゃん」に「あなたは実にいい仕事をした立派なプロです!」と快哉を叫ぶあたり、著者のまなざしが楽しい。2chの既婚男性版の「セックスレス総合スレ」が相当な盛り上がりを見せるこの国と照らし合わせてみると、著者の描くイタリア像が何とも興味深い。(まぁ気団スレには同時に楽しみまくりの方々のスレも立っているのだが…)


イタリアの他にもイスラエル・パレスチナのヤツらのあけっぴろげで活動的な生き様を知っていると、やっぱり地中海沿岸はかなり開放的なんじゃないかと思わざるを得ない(「フランス人以外はね」、というのはとあるイスラエル人の談)。あそこら辺に行ってハグとキスの挨拶に慣れて日本に帰って来ると、どうも物足りない気持ちにさせられる。その上、そもそも分かってないのに日本人の女の子とどういう距離感を保てばいいのかますます分からなくなってしまうから情けなくなる。まぁ、言い訳ですけどねぇw そんなことまで思い出させてくれるこの本、ときどき開かずにはいられない。


田丸さんら通訳の方々のエッセイが掲載されている「通訳ソーウツ日記」も面白くていつもチェックしてしまう。(http://www.alc.co.jp/eng/hontsu/soutsu/
第2外国語はあの歌のような美しい調べをもつイタリア語にすべきだったのに…と後悔してしまう。基本的な発音の仕方と数の数え方くらい身につけたけど、イタリア語はいつかきちんと勉強してみたい。


初夜 (新潮クレスト・ブックス)/イアン・マキューアン
¥1,785
Amazon.co.jp



去年のちょうどこの時期だったと思う。ブックファースト渋谷店の上の階、書評本が並ぶ向かいの棚にこの本が並んでいたのを見つけた。こんなタイトルに魅かれない訳がない。


ストーリーをありていに言えば、初めてでそれぞれに不安を抱える男女が初夜を迎えるが、女がペニスを「導き入れ」ようとしたら男がヤる前にイっちゃって、それをきっかけに結婚破棄。今になって考えてみると、彼女ほど深く愛した女はいなかったのに。てな感じ。というか、それ以上でも以下でもない。




「彼らは若く、教育もあったが、ふたりともこれについては、つまり新婚初夜についてはなんの心得もなく、彼らが生きたこの時代には、セックスの悩みについて話し合うことなど不可能だった。いつの時代でも、それは簡単なことではないけれど。」

小説の舞台は、1962年。エドワードとフローレンスは結婚式を終え、イギリス海峡に面するチェジル・ビーチのホテルのハネムーン・スイートで初めての夜を共にする。実際の小説は、その数時間の濃密な時間と、二人の思いを形作る様々な思い出との間を行き来する。二人の育った環境や家族、歴史・クラシックへの情熱、二人の出会い、そして恋。

しかし、エドワードと結婚し愛の喜びを感じるフローレンスは、同時にどうしようもない嫌悪感を抱えていた。

「彼女の問題は単なる生理的嫌悪以上の、もっと根深いものだった。肉体を絡み合わせることに対して彼女の全存在が反撥し、心の平静や根本的な幸福感が侵されるような気がしていた。要するに、彼女は『入れられる』あるいは『挿入される』ことを望んではいなかったのだ。」(p.11)


また、「失敗」と「後退」を経験しながら、エドワードが結婚という言葉に託し、フローレンスが結婚という言葉から痛切に感じていた、「期待」が描かれていく。

「彼の望みは、彼に考えられることはただひとつ、自分とフローレンスが裸になって、隣の部屋のベッドに横たわり、宗教的恍惚のイメージや死と同じくらい日常生活からかけ離れた、あの畏れおおい体験をすることだった。」(p.22)

「要するに、結婚すると決めたのはまさにこれに同意したにほかならないということだった。これをすること、これをされることが正当なことだと彼女は認めたのである。」(p.33)


そして、ベッドへ。

「彼らはささやき声で『愛している』と繰り返した。たとえどんなに小さな声だろうと、自分達を結び付け、自分たちの利害が一致していることを証明する、決して色褪せることのないこの決まり文句をとなえていると、彼女は気持ちが落ち着いた。もしかしたら、最後までやり遂げられるかもしれない、と彼女は考えはじめていた。しっかりといた気持ちを保って、彼を納得させられるくらい上手に感じているふりをして、そのあとは、何度も繰り返すうちにだんだん不安が薄らいで、やがてはほんとうに歓びを見いだしたり与えたりできるようになるかもしれない。…(略)…彼女は既に新しい領地の奥深くまで足を踏み入れており、もはや引き返すわけにはいかなかった。」(p.102)

「まず手にふれたのは睾丸だったが、いまやすこしも怖くはなかった。…(略)…その驚くべき毛だらけのものを、彼女はそっと指で包んだ。それから、その下側をなでるように指を滑らせ、ペニスの根元まで来ると、細心の注意を払いながら、そこに手をあてがった。どのくらい感じやすいものなのか、頑丈なものなのか見当がつかなかったからである。ペニスに沿って指を滑らせ、そのシルクみたいな手触りに興味を覚えながら、先端に達すると、そこを軽くさすった。それから、自分の大胆さにわれながら驚いたが、すこしもとに戻って、中ほどをしっかりとにぎると、それを下に引いて、ちょうど自分の陰唇にふれているのがわかる位置まで持ってきた。」(p.105)


しかし、泣き叫ぶような声を発したエドワードから、「ギョッとして手を放すと、エドワードは途方に暮れた顔をして体を起こし、そらせた背中の筋肉を痙攣させて、勢いよく自分自身のものを放出させた。」(p.106)

「ほんの三十秒ほど前には、彼女は自分の感情をコントロールして、冷静な見かけを保っていられるだろうと自信をもっていた。だが、いまや、他人の体から出た体液を、どろどろとしたものをかけられることに対する根源的な嫌悪を、心の底からの恐怖を抑えられなくなった。…(略)…彼女は我慢できなかった、拭い取らずにはいられなかった。エドワードが体をちぢめている前で、彼女は後ろを向いて膝立ちになり、ベッドカバーの下から枕を引っ張り出すと、半狂乱になって体を拭きだした。」

そして、「彼女は彼の前から逃げ出さずにはいられなかった。」(p.107)


男としては部屋に残されたエドワードに大いに同情させられる。彼を包み込んでいたのは、深い失望だった。

「まる一年のあいだ、彼は相手の言いなりになって苦しんできた。体が疼くほど彼女を欲していたにもかかわらず。そして、ほかにもさまざまなささやかな欲求があったにもかかわらず――本気でキスをしたいとか、自分の体にさわってほしいとか、彼女の体にさわらせてほしいとか、ほとんど涙ぐましいほど罪のないことだったのに。結婚の約束だけが彼の唯一の救いだった。」(p.133)

「彼女はキスしたり触られたりするのが好きではなく、たがいに体を近づけるのも好きではなく、彼にはなんの興味ももっていないのだ。彼女には肉感的なところはなく、性欲というものがない。彼が感じていることを感じることができないのだ。エドワードは決定的な一歩をやすやすと踏み出した。彼女はそういうすべてを知っていて――どうして知らなかったなんてことがありうるだろう?――彼を欺いてきたのだ。…(略)…彼女は嘘をついていたのだ。」(p.134)



これ以上ここで述べることはないと思う。もちろん、上に抜き出した決定的な場面の描写だけがこの小説のポイントではない。でも、エドワードとフローレンスという二人の主人公が「愛」、「結婚」という言葉に託した思いの交錯そしてすれ違いをこの場面に見る時、ある種の感慨を覚えずにはいられない。


訳について、原作を読んでないのでこういう言い方は失礼かもしれないが、悪くはないと思う。「英文和訳」的なところはあるけど、その訳の硬さによって伝わる空気感はあるので、否定はできない。ヒマを作っていつか原作も読んでみたいけど、その前に読みかけの『メイソン&ディクソン』を読むことになりそう。
昨日深夜にチャンネル回しとったらなんかジョホールバルの歓喜の映像が…あの時の代表ユニかっこよかったな…

今年のワールドカップにめちゃめちゃ影響されてサッカーがやりたいんですがボールも場所も機会も時間も人もいなくてできませんヽ(´ー`)ノ


一回だけ夏にイタリア人とサッカーやって思ったけど、シュートを狙う姿勢が違うんじゃなイカ?
上手いヤツがいたわけじゃないのでそこでミニゲームに参加した日本人と実力的にはそんなに違わなかったと思うが、とにかくアイツらシュート打ちまってきやがったけぇな…コンクリの上でいろんなとこ擦りむきながら体張ってシュートを止める破目になった俺が言うんだ、間違いない



そういえば最近は深夜にNBAも見れて嬉しい
いまさら気づいたのが不思議というか、
だれか知っていたなら教えて欲しかったけれど、
田中明彦研究室の「世界と日本」データベースに
北岡先生の機密文書研究会からの
「核密約問題資料集」というのが掲載されている。
(http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/)

書籍のかたちにすると聞いていたが…
中心的なものだけweb公開したということなのか、
それとも書籍化はあきらめたのか…
いまは中身を見る時間がないけれど、
そのうち見よう


ところで君塚先生が二冊続けて本を出している
こんな忙しいときに負担を増やさないでいただきたい
というか、実際のところとても読むヒマないんで、
だれか感想を教えてください