シニシズムの螺旋 | 大串正樹オフィシャルブログ「ぐしろぐ-大串まさきの活動のキセキ-」Powered by Ameba

シニシズムの螺旋

Cappella, J. and K. H. Jamieson (1997) Spiral of Cynicism: The Press and the Public Good, Oxford University Press.(平林紀子・山田一成監訳『政治報道とシニシズム―戦略型フレーミングの影響過程―』ミネルヴァ書房、2005年)

最近、読んで興味深かった論考です。

要約すると、シニシズム(冷笑主義)の螺旋とは、ジャーナリズムによるフレーミングによって生じる悪循環を指します。

ジャーナリズムはフレーム、すなわち一定の枠組みで対象を切り取ります。問題を定義し、理解の仕方を指示することにもなります。政治的シニシズムとは、このジャーナリズムによる戦略的フレームによって政治(政治家)に対するシニカルな反応を活性化させることによって生じます。

つまり、著者らの論考(米国政治の分析ですが)では、政治家は合意よりも対立に注目し、政策論議よりも戦略的な「政治の得失」に関心を持つとしています。

一方ジャーナリストはそうした得失だけを「政治の現実」と決め込んで、政治を戦術や戦略という視点から描こうとするわけです。

そのため、政治家はさらに注目を得ようとして、報道の志向に合わせて対立と戦略の話題を進んで提供するようになります。政策より政局がうけるのもそのメカニズムです。

そして、政治家もジャーナリストも国民が求めているからという理由で自らの言説を正当化するので、国民は、その状況にうんざりしてしまいます。しかし、世論調査(これもフレームがありますが)の結果が、シニシズムに拍車を掛ける構図で悪循環に陥るのです。

しかし、悪循環があるのであれば、好循環も作れるのでは無いでしょうか。

政治家が襟を正すことはもちろんですが、政策をしっかり伝えて、ジャーナリズムもこれを正当に評価して、国民にも正しく理解してもらうことです。

もちろん、政策には負の側面もあり、見方によっては反論もあるかと思います。だからこそ、メリットとデメリットを整理して、よりよい選択であるという判断基準を明確にした上で、政治家もジャーナリズムも誠実に伝える必要があります。

説明しきれない難解な課題や、未知の要素が多く十分な理解が得られない場合もあるかと思いますが、そんな時のために、政治には<複雑性を縮減する>信頼が必要になると思います。まさに「知らしむべからず由らしむべし」です。

私もメディアから取材を受けるとき、時間が許す限り丁寧に説明するようにします。たいていは、ちゃんと理解してくれていると思いますし、良い方向に報道してもらえていると信じています。