Divinity私たちは、「どこかで何かを間違えたのかもしれない」という疑問のようなものを抱えながら生きている。そして、どこで、あるいは何を、間違えてしまったのか?がすでにわからなくなっている。しかし、それを知っている方がおられるとするならそれは「聖なる源」であるはず。私たちは、聖なる源より流れ出るひとしずく。やがては源へと還るのだ。そして、一時たりとも、その「Divinity」から切り離されてはいない。ただ、問題なのは私たちがそう信じることを忘れている、ということなのだ。