昨日は加藤拓也さん主宰、劇団た組のカフェ公演「私は私の家を焼くだけ」のゲネプロでした。

 

「た組」には鳥谷宏之が…もう、常連って表現していいと思うのですが、4回目の召集でした。

 

何回も「た組」ワールドに触れてきたので、初めて「た組」を観る新人マネージャーに

「どうして、これを舞台にする必要があるんだろうとか、主題とか、クライマックスはどこじゃ?とか、考えずに、ただただ身を委ねてれば、だんだん滲みてきたり、突然うぁーってなったりするから。」とアドバイス。

 

舞台が終わった彼の最初のコメントが

「観たことない舞台でした。。。」だったので、アドバイスは功をそうしたと思いますw

 

 

加藤さんの舞台はとにかく、私を捕まえる、私の中に入ってくる、私を舞台に連れて行く、そうして放り出しいく。そんな印象です。

 

 

今回はネスレカフェ。

 

つまり、舞台がないので地続きなのです。余計に境界線がおかしくなる。

 

 

鳥谷も他の出演者の方々も突然に舞台の脇に三角座りになって存在を消す。

観客としての私の”地位”もなんだか怪しくなっていく。

 

そこにいることが息苦しくさえなってしまう。

 

でも三角座りの俳優たちを観ながら、ああ、私も同じ空気でいればいいんだと納得する。

 

私は「た組」の住人になってるようです。

 

ラスト前、この世の不条理に抗えないことに抗おうとして、抗えない苛立ち、哀しさ、無力感、かといって受け入れてるわけでもないような苛立ち、哀しさ、無力感をぶつける鳥谷は圧巻で、

 

 

舞台が終われば、そのラスト前に全てを集約させるための計算であり、

一方で何も計算せず、ただ「た組」の住人になっていた鳥谷を

 

誇りに思います。

 

 

昨日は、ネスレカフェで上映するための動画撮影があって、同じ芝居を1時間の休憩を挟んで合計3回、演じると言うハードスケジュール。

 

オンとオフのスイッチはどうなってるんだろうか。。。

 

切り替えが下手な私はずっとオンのままで、オフにするともうスイッチが中々、入らなくなっちゃう。

 

 

 

とにかく、「た組」の鳥谷は上演ごとに生まれて死んでくって感じ。

 

うまく言葉が見つからないけど、

 

。。私は彼と仕事ができて幸せです。