所属俳優からオーディションのPDCAのレポートがありました。

*PDCA

P:Plan D:Do C:Check A:Action

 

ミッシングピース流に解釈して

P:準備して

D:やってみて

C:よかったところ、悪かったところ振り返り反省し

A:次に活かす

としています。

 

さて、彼女のレポートの一部をご紹介しますと・・・

「今までのオーディションでは戸惑って思うようにできなかった自己紹介も、事前にしっかり練習したので、演技も緊張せずにリラックスして臨めた。今までのオーディションの中では一番後悔なく、落ち着いて自分らしさをアピールでき終えることができた。

けれど、今振り返ると、カメラ前の演技の経験が浅く、カメラを通して見た時にきちんとできていたかどうか。はわからないなあ、、

事前に動画を撮って、見て確認するのが良いかも。次回から必ず実践しよう!」

 

このレポートの前後にもオーディションに行く前の準備、オーディションの感想などが書かれていました。

 

ここで考えたいのが「事前に動画を撮って、見て確認するのが良いかも。次回から必ず実践しよう!」の部分です。

 

動画をチェックする危険性についてお話します。

 

 

 

感じるままに演じて、それが評価に値する演技になっているのがミッシングピースの俳優の在り方です。

 

 

1、「感じるまま」つまり、感性・センスが評価に値するのか

2、「演じる」つまり、どう見えたか(見せたかではありません!)が評価に値するのか

という二つのカギがあると思います。

 

俳優は人間力こそ全てだと言われているのは

「どう感じるか」の感性が、評価に値するような感性であることが求められているからです。

 

感じたままを表現するために必要なのが技術です。

 

技術は「感じたまま」を伝えるテクニックで「見せる」テクニックではありません。

 

1と2は車の両輪のようなものなので、どちらも磨きをかけないといけないのですが……。

 

2の技術に磨きかけようとオーディションで求められるような短い演技を動画に撮って繰り返し見てしまうと「どう見えたか」をチェックするだけのとどまらず、「どう見せたいか」に気持ちが偏っていくので、

 

「どう感じるか」がないがしろにされてしまいがちです。

 

それに加えて、そうやって作りこんだ演技では対応できないようなことをオーディションで頼まれたり、聞かれたりすることもよくある話で、

 

「他にもやってみて。ニュアンスをかえて」とか

「じゃー、この役でやってみて」とか言われたらパニックになりかねません。

 

柔軟な対応をするために準備するのであって、完璧な対応をするために準備するのではないのです。

 

禅問答のようですが、柔軟な対応こそ、完璧な対応です。

 

自分の演技を撮影して動画をチェックするのは危険を伴うということを忘れないでくださいね。

 

 

そして、オーディションは更にやっかいで、

演技を評価してるだけとは限らないけれど、ほとんどの場合「落ちる」ので

演技が否定されたように感じて、演技を研究しようとシャカリキになって、

自分の演技が分からなくなってしまいがちです。

 

 

オーディションに受かるかどうかは、手ごたえを感じるかどうかは、よく分からない理由、理不尽なもので決定されているので、オーディションに受からなかったら、自分の演技が間違っていることになるとは限らないのです。

 

オーディションの理不尽さは今までも沢山の映画、舞台で取り扱われてきました。

 

「コーラスライン」「フェイム」「フラッシュダンス」最近なら、「グリー」もありますね。

リアルな話なら「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソンが代表的な例ですが「アメリカンアイドル」は優勝者以外の歌手がよく売れます。

 

スターになるとこんなに変わるんですね!!

 

「見せる」ではなく「感じる」自分らしさを大切にしてほしいというエピソードの例として

「ララランド」の一部をご紹介しましょう。

 

主人公のエマ・ストーンは売れない女優。

多分、イングリット・バーグマンに似ているとか、憧れてるってことなんでしょう。

イングリット・バーグマンを意識してることが奥深いのですが。。。

 

オーディションに落ち続け、自信が無くなったとき、恋人のジャズピアニストに触発されて、自分らしさを追求し自作自演の独り舞台に挑戦します。

 

舞台はガラガラで観てくれる観客は少なく、彼女は落ち込みます。

女優を辞めようとさえします。ところが、何日も経って、その舞台を観たプロデューサーからオーディションに呼ばれました。

 

そのオーディションは自分の物語を語るというもので、それを転機に彼女が女優として開花していくというストーリーがあります。

 

このストーリー夢物語ではなく、多くの俳優が少なからず経験してきたことで、

映画の作り手が物語全体のメッセージとは別に

 

俳優にエールを送ってくれているように感じてなりません。

 

「見せてはいけない」と。

 

 

以前にこのブログで紹介しました、ロバート・デ・ニーロの演技を専攻する大学生の卒業式での演説。

 

 

「オーディションの落ちても『NEXT!』と挑戦し続けるんだ」も同じことを示しています。

 

 

加藤 啓の言う「審査は理不尽」も同じです。

 

「どう見えるか」は大切ですが、

「どう見せるか」に囚われないで、

「どう感じるか」を大切に!