娘の夫は午前4時に起きて5時前に出勤する。
その時間の電車なら座れるという理由。
その習慣なので、4時半に朝食を用意した。
だから眠い。
空港から戻って草だらけの庭を見ても、刈ってやるという気合いが出ない。
眠い。
ボーッとした頭で、いつもの朝ご飯。
歯科に行った。
ここは完全予約制で1時間に3人くらいしか診ない。
1回あたりの治療時間が普通に30分かかったりする。
支払いを済ませ次回の予約をした。
受付の女性は若く、歯科衛生士の資格を取ったばかり。
とても明るく、タメ口、大きな声で笑って面白い。
次のお客がいないことを幸いにお墓の話で盛り上がった。
「昨年12月に東京に行ってましたよね。どこを観光したんですか?」
「墓地をいくつか」
「お墓参りですか? 知り合いの?」
「知らない人の普通の墓地ですけど、有名人のお墓も混じって」
「ああ、びっくりした。知らない人のお墓巡りって、大丈夫かと」
「手塚さんのお墓とか、お線香買わないと入れない墓地もあったよ」
「そうですよね、知らない人が入ってきたら他のお墓が迷惑しますよね」
「ほんと、そうやね。静かに寝ときたいよね」
「私、坂本龍馬のお墓に行きましたよ。なんで高知でないのか不思議」
「坂本龍馬のお墓って、どこにあるん?」
「京都です。中岡慎太郎と並んで、割と高さがありましたよ」
「一緒に暗殺されたもんね」
「ここに坂本龍馬が埋葬されているのかと感無量でした」
「お墓巡り、好きなん?」
「いいえ、いいえ、お墓ではなくて社寺仏閣が好きなんです」
「若いのに渋いね。で、ついでにお墓もなんやね」
「教科書に出てくる程度の人しか知らないんで、あんまりは」
「京都やと社寺仏閣はいっぱいあるもんね。新撰組もおったし」
「新撰組、好きなんです。土方歳三とか格好いいですよね」
「写真が残っているけどイケメンで、心が顔に出ているよね」
「土方歳三のお墓にも行ったんですか?」
「行ったことは行ったけど、ちゃんとしたお墓はなくて」
「どこに埋葬されて?」
「函館」
「えっ、土方歳三って函館で亡くなったんですか」
「うん、箱館戦争で、賊軍だから遺骸はまとめてうち捨てられて」
「まとめて?」
「五稜郭の中に小さな土饅頭の跡があって死者をまとめて」
「じゃぁ、誰か分からない状態で積み上げられて?」
「賊軍だから埋葬させてもらえなくて野ざらしで腐り放題」
「賊軍って、徳川に忠誠を……そんな、ひどい」
「徳川幕府は大政奉還していて徳川慶喜はあんなことになったし」
「土方歳三はなんで戦ったんでしょうね……」
「多分だけど、死にたかったんではないかな、一騎で突っ込んで」
「みんな死にたかった?」
「ううん、土方について行けなくなったり温度差あったみたい」
「函館駅の近くに最期の地があったけど、今でも参拝者が絶えないし」
「あんまりだと思った人が政府に逆らって集めて埋葬したんよ」
「そうですよね、忠義の人を野ざらしで腐らせるなんて」
何の話をしているのだろうと医師たちが集まってきた。
たまたま次の患者さんが遅れているので、話に加わった。
「碧血碑といって函館山の奥まったところに弔ったんです」
「そこ、観光コースですか?」
「いいえ、4月中旬まで車両通行止めで徒歩でしか無理なんです」
医師のお母さん、行ってみたい気満々。
どんだけモテる、土方君。
石川啄木一族のお墓の前でタクシーを降りて230mの山登り。
冬季でなければハイキングコースにも。
わたしの他にも二人連れが2組。
義に殉じて流した武人の血は3年経つと碧に変わるそうだ。
後ろ側に16文字の説明文。
此の事は実に有った。
「此の」と指示代名詞。
明治政府に逆らっているんだし、負けたのだし、堂々とは称えられない。
帰り道で迷って別の所に降りてタクシーの運転手さんに心配をかけた。
もっと調べて、もう一度行きたい