先日購入して読んだ本に、かつぼうさんにとって2/22現在で 「 2014年最大の衝撃的な事 」 が書いてありました。驚いてwikiを見たところ、似たような事が書いてあったので信憑性は高いのでしょう。
今回紹介するのは、国民的な武士(活躍した時代が戦国時代ではないので「武将」ではない)です。名前は 『 徳川光圀 』 です。またの名を「水戸光圀」、そう!テレビでお馴染みの 「 水戸黄門 」 さんです。本ブログでも、「黄門さん」で通します。
誤解を解くのは「諸国漫遊」の事ではありません。水戸黄門さんは諸国を漫遊するどころか
「関東地方から出た事が無い」
のは、時代劇ファンでなくても知っている人が多い有名な話です。
誤解を解くのはそれとは別の事です。勿体ぶるほどのブログじゃないので、書いてしまいますが.....。茨城ご在住/ご出身の方は、ここからはこの記事を読まない方が良いかもしれません。
黄門さんは「名君」ではありません。いや、むしろ暴..........(以下自粛)。
勿論良い事もしたのでしょうが、何せ悪い事のインパクトが強くって.....。あれで、黄門さんを「名君と呼べ」と言われても難しいですわ。
水戸黄門さんのライフワークが「大日本史」の編纂だった事は有名ですが、何せ日本全国に家臣を取材に行かせるのです。莫大なお金がかかったそうです。
で、その財源ですが.....。領内への年貢(税)です。
しかもかなりの重税
だったそうで、他の藩に逃げてしまう農民が少なくなかったのだとか。
黄門さんが水戸藩主になった時、家老が10人いたそうです。30万石にも満たない中藩では、家老10人は確かに多すぎでしょう。黄門さんは10人中7人をクビにしてしまったそうですが、その後も彼らに禄(お給料)を出すのが惜しかったのでしょう。何と、
お家断絶
にしてしまったそうです!藩の事情があるとはいえ、さすがに「断絶」はちょっと酷いですよね。
また黄門さんは晩年(亡くなる数年前)に、一人の家臣を手討ち(自ら斬り殺す事)にしています。その理由は諸説ありますが、「カッとなったから」と言う説もあるそうです。
黄門さんとあろう方が、そんな理由で家臣を斬っちゃダメでしょ?
もっとも、黄門さんは若い頃に江戸で辻斬りをしていたという説も.....。
え?「辻斬り(つじぎり)って何?」かって?今風に言えば、
通り魔
です。
かつぼうさんは、時代劇「水戸黄門」のファンです。「 歴代の黄門様や助さん/格さんで誰が好きか? 」という話題では、いつも熱く熱~く語ってしまうのですが.....。今後はちょっと考えてしまうかもしれません(笑)。それに茨城県も、こんな人物をゆるキャラで起用(ハッスル黄門)しているのは考え直した方がいいかもしれませんよ!
水戸黄門のテーマソング 「 人生楽ありゃ苦もあるさ~♪ 」 は、実際の黄門様には全然合わない曲だったのですね。
でも、こうまでテレビと実際の人物像がかけ離れちゃっている人ってのも、かなり珍しいですね。