アラフィフからだって再出発 -3ページ目

アラフィフからだって再出発

バツイチ、アラフィフ、2人の子持ち(巣立ち間際)、じじばば持ち(要介護)、わんにゃん持ち
おまけに、無職(汗)

だけど、何気にハッピーライフ
ただ今、介護中・・・

半年前から、動悸が気になりだし、

その前から、たびたび体や頭の震えもあった。

いつも通っている内科のお医者さんに、

何度か、相談した結果、

ついに、

自律神経のお薬を処方されてしまったあせる

でも、

飲み始めたら、

どっちも気にならなくなってきた・・・


自律神経失調症かしら・・・あせる


精神面は、自分でコントロールできてると思ってたのにな~


友人の葬儀が終わり、
家に帰って、一人になると、
涙が溢れてきた。
2~3日は、時々思い出しては、
涙している日々でした。
それでも、
なんだか、またどこかで会えるような気もする。
いまだに…

毎日一緒に過ごしていたご主人は、
子供に先立たれた両親は、
もっと辛いんだろうな…

友人は、
息を引き取って、病院を出るとき、
黒いTシャツしかないわ~
どうしましょう?
って、お母様が慌てていた。
私は、途中で失礼させてもらったので、
その後どうしたのかは知らなかった。

お通夜の後、
棺の中の友人の顔を見せてもらった時、
友人は、綺麗にお化粧をし、
髪を整えてもらい、
白いドレスを着ていた。
胸元にレースや花の刺繍がついた
ウェディングドレスのような素敵なドレスです。
お母さんの手作りだそうだ。
130キロ離れた自宅まで、日帰りで取りに行ったそうだ。

お母さんが話してくれた。

ある日テレビを見ていたら、
歳を取ったら、自分で死んだ時の準備をしておこう!
という内容だったのだそうな。
そのテレビに出ていた人は、
すでに自分の遺影を撮影していて、
さらには、死装束まで準備していたのだそうだ。
友人のお母さんは、その日から、
アルバムから、遺影にして欲しい写真を選んだり、
自分の死装束のデザインを考えたりしていたという。

その矢先に、娘の病気を知り、
信じたくない思いもあったが、
どんどん痩せて行く娘をみて、
こっそり、誰にも内緒で、
娘のための死装束を作り始めたんだそうです。

「こんなこと知られたら、あの娘に怒られちゃうわ~!」

なんて、他の思い出話とともに、
笑顔で話してくれました。
とても、気丈に明るくされていましたが、
いざ出棺という時に、椅子に座り込んでしまって、
とっても小さくなってしまいました。
辛いだろうな~
そんなお母さんをみていたら、
ますます涙がとまらなかった。
どんな想いで、ドレスを作っていたんだろう…

でも、
手作りの白いドレスで送り出してもらえるなんて、
すごい幸せ者だと思った。

どうか、お母様も、そう思えるようになって、
心が安らぐ日が来てほしいな




昨夜、
仲の良い友人が亡くなりました。
大学の時の先輩ですが、
もう、この年になったら、無礼講な関係でした。

意識レベルが下がってきているという連絡が入った時、
私は、iphoneの手続きの真っ最中でした。
色々説明聞いて、
さあ、そろそろ古い携帯とお別れよという時に、
もうひとりの無礼講の先輩からメールがきました。

ぎりぎりまで、古い携帯でやり取りをして、
預けました。
iphoneに移行が終わってすぐに、
病院に向かいました。
よりによってこんな時に変えてしまって、
何も使えません。
とりあえず、
電話のかけかたと取り方を、娘に教えてもらいました。

病院に着くと、
ご主人とお母様に手を握られた変わり果てた姿の友人がいました。
意識はないけど、話しかけてあげてと言われ、

まだまだ話がしたいよ
いままで、愚痴聞いてくれて、ありがとう
私がんばるから、心配しなくて大丈夫だよ

声が詰まって、これが精一杯でした。

その後、容体が急変し、
私、看取ってしまいました。




いつも、気にかけてくれていた先輩
一緒に旅行に行ったり、飲みに行ったり、ライブ行ったり
離婚の時にも、一番に報告した友人でした。

ありがとう

の言葉しかないです



ありがとう!
安らかにお眠り下さい!