MITUYAのブログ

MITUYAのブログ

私は絵を描く人です。この頃、身近なことについて
ブログを書いています。絵の事は作品が溜まったら、
書きたいと思っています。
旅先の写真や身近な生活の中で、気になる事があると、
書いて行きたいと思います。
ゆったり更新してますので、見てください。

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 明石の新型コロナに感染した者が 700人を越えてしまば私のブログを公開
したいと思っていた。しかし、喜ばしい事だが明石の感染者数は鈍化して、
感染数は激減してくれた。明石市は病院で診てもらえない待機者もいなくて、
陽性と判明するとすべての人は入院して感染状況を見て貰っている様だ。
 依然として東京地区の一都三県は緊急事態制限が残っていると言う。
 新型コロナの感染者が少なくなっていた明石にも変異型コロナの感染者を
増やしているのに呼応するかのような増加が始まってきている。
 3月9日には699人に成ってしまったので700名に成ってしまったとも言える。
その為に慌ててこのブログを現在書こうとしているのである。


 IOC のバッハ会長の再選が決定したとも言う。任期は4年間らしい。
 バッハ会長は東京五輪の事で7月開催は「疑う理由はない」と言っている。
「最も準備が整っている大会と言う事は疑う理由は無い。どう開催するかだ」
と言っているのが心配である。日本国民の意思は無視されている?。
 この後、心配なのが聖火リレーが出発できるかどうなるのかが心配である。


 私はいっとき草花を見つけては描く事に無中に成った時期があった。
 自然界に咲く草花と言っても花屋の花々に負けない可憐な美しさがあり、
私は見つけて描いて見る事が好きである。
 草花を描いて見て分かった事は花を摘んで描こうとすると短時間で萎んで
仕舞う事がよくある。特に咲いている花の部分は萎むと花の色が変色してし
まい自然界で見られる色ではなく成っている。従って、花の色彩を描きたいと
思う時には地面にしゃがみ込んで描く方が描きやすかった。


  地面に近く低い処で咲く草花は姿勢を低くして寝転んでスケッチをすることがある
  ホトトギス(背が高い花もある)     ヤナタツミソウ等
    
  草花の中にも花屋でも切り花として買う事が出来る花もよくある。生け花用かも?
  ヤマブキの花             菜の花
    
  花屋には当然、切り花から鉢植えの花まで多種多様な種類がある。
 豪華な花はお金も少し高いので時間を掛けて描くようにしていた。
    
 植物を時間を掛けて描くにはドライフラワーが私のようにゆっくりと描く
人間には向いているが描きたいモチーフを見つける機会は少ない。

  綿の花(綿を花と言えるか?)      沢山実っているアケビの実

    
 草花は沢山描いているので私のその分類があいまいである。

  明石の新型コロナに感染した人は 650人を越えてしまい死者も増えてしま
った。1月末から感染者が増えていて病院で見てもらえない待機者が明石市
でも入院の待機者が出ていると言う噂もあったが、その頃は入院中の者22名、
宿泊所療養中15名入院して退院し人は 591名で死亡者が15名になったいた。
 2月7日(月)明石の感染者は約二ヶ月ぶりに感染者がなくこれまでの感染者
 668名で現在入院中21人、宿泊療養中14名、病院退院者593人、死亡者17人
に成っている。やっと3次感染が終わるのかと期待する今日である。

 近頃の感染者は看護師や看護職の人が多くなり、同じホームのクラスター
の発生者が新聞に載っている。家庭内感染者も増えて無職の人も多かった。
 会社員の多くは市外勤務の人も多いが非公表の感染者も増えていた。
 感染者の多くの人は軽症や無症状のひとが多いと言うが、入院を選ぶより
自宅で謹慎治療を選ぶ方が本人は良いのだと思うが、家庭に感染者が居ると
その苦労は想像を絶する問題があると思うので家族が大変だと考える。
 私の家の近くの小学校にも感染者が出たと言う噂があるが、その為かも知
れないが公園で騒いでいる子どもたちの声が聞こえないのも其のせいかも?
 私は病院に行く以外は家で自粛しているが、月に一度の病院行も途中でも
人影を見かける事が少なくなっているように感じた。
 コロナの状況は気に成るが、収まるまで不安な気持ちが続くのだと思う。
 明石市のコロナの感染した人は今日(2月18日)も感染者はゼロだと言う。


 私はこれまでも外出をしないで家に籠る毎日であったがコロナ禍の中では
外出をしないだけでなく、このようなブログを書く事からも逃げるように成
ってしまった。前にブログを公開したのが1月23日(土)だったので一ヶ月近
くブログを書けない日が続いていたことになる。再び、書こうと思ったのが
2月の中旬に成ってからである。新型コロナの感染者の減少が明石で始まっ
たと感じかけてからである。明石市の感染者が零だと新聞に紹介されるた日
が見られるように成ったので私も多少は頑張てみようと思った。
 2月17日(水)明石の感染者が無くなる日が続いているおり、これまでの感
染者の確認数は 679名で現在入院中15人宿泊療養中1名、退院者 621人に
なり、明石は新型コロナで死亡した人は者19人に成っていた。
 今日から新型コロナのワクチンが医療関係者から始まっているが、全国民に
ワクチンを打ちたいと言う願いがどの様に進んで行くのかを見たいと思う。
 東京オリンピックも森さんが委員長を辞職しているので次の人の人選が始
まっているが、どのように成るか興味がある。それ以上に心配せているのが
東京オリンピックがどの様な方向に向かうかに関心を持って居る。

  私の10代の時から何処に行くのもスケッチブックを持って歩いて、出来るだけ多くを描いた   

       

 水彩絵具を使う前に私が基本的にする事は鉛筆でスケッチをする事である。
スケッチの中でも絵具で色を着けるスケッチを油絵で描いて行くスケッチは
描いたモチーフを見て決めて行く時である。
 油彩で描く場合はモチーフを実際に組み合わせて描く事を基本にしていた。
油絵を描く時はスケッチをして画面構成をしていくのが基本だとも思うが私
の場合はモチーフを並べて置きながら殆どの場合構成を決めている。
 その為には多くの時間を使う事で画面構成を決めることに成る。

  多少複雑な構成の静物画を描く時でも小物のモチーフを置きながら決めて行った

    
 私が気楽な気持ちでスケッチに行って描いていたが水面に浮かぶ船や材木
を描いて見たくなり若い頃からときどき描いてきた。
 兵庫の材木置き場は一度描いてみたが水面一面の材木を描くのが難しくて
随分時間が掛かった事が記憶に残っている。私の考えでは油絵のスケッチで
も半日で終わる事を基本にしているので4時間以内に終わる事が大切である。
 陸に上げられた船の船体も描きやいと思いながら描く機会が少なく大きな
船を描くチャンスがあっても船の船体が見えるて描ける処は少なかった。

  兵庫の高松運河に浮かぶ材木とと船の造船所で修理をされていると思える船体 
     
 私は若い頃には油絵道具を抱えてスケッチに行くと言ったが紙と水彩絵具
の場合とは持って行く画材が違う言う事が大きい。
 特に油絵は画材の多さにも問題があるが、作品の乾燥に時間が掛かってし
まう事が私が初めて油絵を描きかけた頃からの問題で、油絵で描いた作品や
スケッチを無事に持って帰る事に気を使った。
 私はキャンバスを2枚合わせて隙間を造る工夫をする事であった。
 私が画いた油絵具の作品やデッサンを見てみると私の描き方の変化を見る
事が出来た。初めて描いた油絵の風景作品は10号のキャンバスに夏の日本海
汗を流しながら描いた記憶があるが作品は残っていない。作品の出来栄えが
良くなかったからだと思うがペンチングナイフを使って描いたのだと思う。

  油絵を描き始めた10代の頃は絵具を厚く塗れる油彩画に憧れて描いていたと思う
    
 私は何故か海が好きでよく描きに行ったと思う。油絵を始めた頃は油彩の
基本的な使い方や技法も知らなかったのでやたらと絵具を重ねて塗った記憶
だけが強く残っている。

  油絵を描く事に慣れるに従って油絵を使って描く事は水彩画を使うように描けた
    
 油絵具に慣れるに従って絵具へのこだわりや抵抗感も無くなり、油絵の具
と水彩絵の具を同じように描け出したので単に持って行く荷物だけの問題と
して考える事が出来るようになった。

 明石の新型コロナに感染した人は 600人を越えてしまい死者もドンドン
増えている。感染しても病院で見てもらえない待機者は兵庫県で1000千人
を越えてしまったと聞く。私は病院に行く以外は家で自粛しているが世間の
状況が気に成り、不安な気持ちになってしまう。
 明石市は無国国籍の人に相談窓口の相談を全国的に広げて補助もした
いと打ち出してくれた。明石に住む私は少し誇りに思ている。


 私の好きな事は登山と旅行だと以前から言っていたこどだと思う。
 登山の本格的にしたのは30歳で結婚するまでの事で結婚と同時に同時に
止めてしまった。止めた理由は私がしたいと思っていたのが山での登攀と
冬山に行く事であった。
 そのいずれもが常に危険と隣り合わせであったと思う。私が若い頃には
その危険に思う事が私には生甲斐のように感じたのだと思う。
 そんな私が結婚をすると言う事で山登りを止めたのは、熱心に山の事を
教えてくてた山の仲間が二人も亡くなり遺体すら見つからないと言う。
 後輩で壁に宙ずりに成ったり入院をしている人も何人かいた。
 私の両親は私がケガをしたり冬山で重症の火傷を負った時でも自分の好
きな事をしているのだから「仕方がない」と諦めて許してくれた。
 しかし、違った家庭を造る事は私が自由に振舞えるとは思えなかった。

   妙高山や赤倉高原を散策する時に時々世話になるホテルの窓から町と山を見る
   
 山の写真やスケッチが殆ど無いのはその様な余裕は山に憧れて登ってい
る時には無かったと言うのが忘れてしまっていたのが本当である。
 なぜスケッチや写真を撮らなかのかは今ほどカメラは小さく無かったのと
座ってスケッチをするのなら少しでも前に進んで歩きたかったからだ。
  この頃私が抱いた仕事の一つに[山小屋での仕事]や[スキー場での仕事]
を考えた事である。その為には「岳人」の雑誌に[私の記録]を載せてもらう
事と「スキー検定」では一級を取る事だと考えていた事があった。
 其れなりに少しは努力をした心算だったが考えていた成果は出なかった。

  九州では鹿児島や長崎にはよく行ったが福岡県でも好きな一つに志賀島がある
  
「見知らぬ土地で絵を描く」事は機会が或る毎にスケッチはしていたが、
落ち着いてゆっくり描けなかった。それは私は地方の珍しい事物に心を奪
われて見て歩く事に心を奪われてしまったからだと思う。
 
  小旅行でグループで時々行った事があるのが天橋立だが以外にスケッチが出来ない
    
  一人で山の散策が出来てノンビリと歩けるのが妙高山の外周の至る処である
    
 信州の山を散策する時には露天温泉のあるホテルに泊まる事がある。
宿屋に泊まると食事の心配をしなくても良いので野草などを探してゆっくり

描くことが出来るので散策をしながら探して歩く。

 私はコロナ問題をブログで書いていたがコロナにかかった人が明石は
200(20/12/04)に増え、終息の雰囲気を感じさせてくれないとかいた。
 今日は明石の新型コロナ感染者の人数が337名になってしまった。
 新型コロナ感染者は日本全国減ることなく増え続けている。私自身は
家から出る事も無く、ここ4ヶ月はヒッソクした生活を続けている。
  私にとって幸いと言えるかもしれないが、私の体調は外に出る事自体
を辞退しているかのように歩くと足腰が痛くなる状況が続いている。
 
 
  水彩絵の具は色を記憶(写実)する必要があるモチーフのデッサンには
欠く事が出来ない素早く描ける画材である。
 モチーフの形は鉛筆などを使ったデッサンを日頃からしているので、
そのデッサンにパレットに並べた水彩の絵具から絵具の色を選んで塗れ
ば良いのである。パレットには持っている絵具をすべて出して置とよい。
 水彩の絵具はチュウブから出して堅く成ってしまった絵具の方が描き
やすくチューブから出した時の柔らかい色だと濃くなり過ぎるので下に
描いたデッサンを生かすことが出来ない事がよくある。

  私が以前に努力して描いた大柚子はデッサンをして絵具を重ねて写実的に描いた
  
 私はデッサンをしながらモチーフの形体を勉強をする事で、私自身の
デッサン力を高めたいと日頃から考えている。
 球体は絵を描く為には基本ように扱われることがよくある。私は水彩
で子どもの頃に絵を描き始めているので風景などの複雑なモチーフを描
いていたので平面的な世界の面白さを絵の題材を描いて来たと言える。
 西洋の絵画の考え方は立体感を重視した考え方が重視されたようなの
で立体的に描く事が近代絵画の基礎のように伝えられたのか、絵を描く
時の基礎のように考えられたので1960年代に絵の勉強を始めた私に取っ
てモチーフの裏側を考えて描く事がこれまで要求され無かった。

  丸い柑橘は均一な形体でなく、若干の色の違いもあるので描いていても楽しい
    
 水彩絵の具は描き方で形体の輪郭線を工夫しながら立体感を感じさせ
てくれる表現が出来る可能性が素早く描けると思った。
 油彩画は描くのに時間が掛かるのに比べて水彩画は多少の技法を身に
付ける事で素早く枚数を描き重ねる事で私が不足している絵画的な能力
が補足できると感じがしていたので私に絵を描く能力が無い世界からの
脱失できるように思う結果から多作に成ったのだろうか?。

  鉛筆デッサンは日頃から慣れ親しんでいるので気楽にモチーフを描く事ができる
    
 デッサンでモチーフが描けているとあとはモチーフの色を薄く塗ると
それらしい絵になる。ニンジンのモチーフを水彩絵の具で表現したいと
思った時には私の気持ちの中に写実的に描きたい気持ちになってしまう。
 従って水彩絵具でどれだけ描けるかに挑戦してしまうようである。

  ニンジンを普通の水彩画で丁寧に描いて見る事をして見たさくひんがある 

    

 チマキを買った時に出来るだけ短時間に描きたいと思って描いた作品が見つかった
  
 この作品は短時間に描いたメモの様なモノだったが以外にも面白く描
けたと思う。私は身の回りにあるモチーフを描く努力をする方である。

 私はコロナ問題を六か月前にブログで書いていたがコロナにかかった
人が明石でも200名に増えていて終息の雰囲気を感じさせてくれない。
 明石はシングル家庭や庶民に優しい政策をしている為か市民から不満
の声が聞こえてこない。私が病院に行く時は以外に気を使っている。
 私はブログを公開していなかったがそれは私の体調が悪く成り座って
絵を描いていた頃の話を思いだすのも苦痛に成りブログを書くのは止め
ていたのだ。ブログの公開は出来なかったと言う事が言える。
 私の体調は少し良く成って来たのでゆっくりとしたペースで有っても
思い出しながら私がブログをゆっくりと続けたいと思う。
 私は絵を描く人に少しでも絵の事を知って頂きたいと想っている。

 まえにも言っていたが水彩の表現方法は多彩である。
 私はスケッチブックを持ち歩いていて、機会があればいつでも描ける
用意をしているが私自身が描きたいと思うモチーフに巡り会えない。
 スケッチブックは同じ大きさの画紙を一つに纏めて綴じたモノなので
変化は少ないが水彩絵具の違いで多種多様な表現が可能に成る。
 水で溶く絵具は日本画絵具、アクリル絵具、透明絵具、不透明絵具具
水性色鉛筆など他にもあると思うが多少は使った経験がある。
 私は描くモチーフによって多様な絵具(画材)を使い分けている心算だ。

  固形の日本画絵具も水を多くして描くと普通の絵具と何ら変わらない表現になる   
  
 日本画は膠(ニカワ)を定着材にして水簸絵具や岩絵具を重ねて描いて
ゆくので自然と絵具が厚く不透明に成る事が多くなる。
 私は日本画の先生の指導を受けたことも無い。日本画は襖絵を描いて
居られた大野麦風先生の制作を観て少しお手伝いをした事ぐらいだ。
 日本画を描く進め方は登外義さんのアトリエで教えて頂いた程度でそ
の素晴らしさに驚いた事は私が日本画の画材から離れる結果でもあった。
 私が少し描いたのは学校の授業で日本画の事を話さないと行けなくな
ったので自己流で描いて見た程度である。

  日本画の基本はモチーフをよく観察をして描く事だと言われたので描いて見た
     

    
 鉛筆デッサンの勉強は西洋画の勉強と変わることが無いが、外義先生
からは同じモチーフを何度も描かないとモチーフの本質は分からないと
言われていたので同じものを何度も描いて見た。
 
  膠(ニカワ)の濃さも苦労をしたが水簸(すいひ)絵具の使い方も難しかった
  
 私は伝統的な千本ニカワを色々な濃さの溶液を使って水簸(すいひ)絵
具を使って描いて見たが正しい濃さは最後まで分からなかった。


  不透明水彩絵具でも描き方によっては不透明の絵になる。デザイン的
な作品を描く時には水彩絵具の使い方を厚塗りを心掛けて描いた。

  ザクロは赤い種と周りの薄皮のバランスが面白く普通の表現では描けなかった
     
 不透明水彩で水彩絵具と油絵具の中間の様な絵具が画材店に並び出し
たのは昭和40年代から水で溶かせるアクリルである。
 私は美術を教える教師として、生徒の指導の為に購入して使ってみた。
私は新しい画材を使ってみたが私は上手く使い込めなかった。

  音楽界のパンフレットの下地にエアブラシで描いた作品を造ってみたモノである
  
 エアブラシの作品は雑誌の表紙にもなり絵の展示でも見られることが
よくあった。金属に当る光の表現が容易かったせいかアニメの世界でも
使う人が多く成ったように感じていた。
 この頃は油彩画と変わらないと言う安心感があるのか、大作を描く人
や学生の中には乾燥が早いためかアクリル絵具を使う人が増えている。
 私はエアブラシで数点描いたが満足の行くような思った作品は創る事
が出来なかった。エアブラシを使って創る作品では以外に機械的に描け
る丸(月など)を使えば同じものが何点でも描けるので便利であった。