土佐源氏と私の違い | かもさんの山歩き

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毎週末、山を歩いてスケッチしてます。
漫画も描きます。

昨日の市川動植物園の手直し。

 

 

 

オラウンターンとアルパカ。

「土佐源氏」の朗読を聞いていた。

 

あれっ?

今まで読んだのと内容がだいぶ違う。

 

「土佐源氏」は宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫、1960年)に収録の作品。

 

土佐の老博労(ばくろう)が語る生と性の遍歴を宮本が聞き書きした記録として公表された。

 

歴史学者の網野善彦は「最良の民俗資料」と評したが、創作ではないかとも言われていた。

 

研究者の井出幸男の調査により、作者不詳の好色本『土佐乞食のいろざんげ』から性描写を省いた宮本の創作とされている。

井出によると、その原作自体も宮本が書いたものと見られる。

 

私は岩波文庫の土佐源氏しか読んでいなかったが、『土佐源氏』には、隠された原作が存在していた。

 

私がユーチューブで聞いたのが、隠された土佐源氏だった。

 

秘密の地下出版物として、著者不詳のまま世に出た『土佐乞食のいろざんげ』は、

土俗の性文学の傑作だと思う。

 

民族学者として学術的な装いをととのえた岩波文庫の「土佐源氏」ももちろん傑作だろうが、読み物としては、創作の「土佐源氏 土佐乞食の色ざんげ」が面白い、

 

永井荷風が大正6年に発表した短編小説

「四畳半襖の下張」には、作者不詳の「四畳半襖の下張り」という同名の春本がある。

 

これも永井荷風の作品といわれる。

 

私には、『土佐乞食のいろざんげ』の方が永井荷風の作品より優れていると思った。

 

 

「土佐源氏」には、「四畳半襖の下張り」には欠けている、男女の愛が描かれていると思う。

 

老博労は述懐する。

 

わしはようけ人をだました。しかし、牛と女だけは騙さなんだ。

おなごというもんは気の毒なもんじゃ。

あんたもおなごには優しゅうしてあげなされ。

 

そうすれば、女は自然と肌を許すもんじゃ。

 

わしゃあ、ようけ女にかまったもんじゃが、一人として、わしの事を嫌ったおなごはいなかった。

 

なぜかは、わしにもわからん。

 

老馬労は光源氏のように高貴でも美しくもなかったし、義務教育も受けていなかったが、牛と女には常に優しかった。

 

私は女にはいつも優しく接してきたつもりだったが、一度としてモテたことはなかった。

 

老博労と私、どこが違っただろ?

博労が著者に問う。

 

「あんたはんは、本気でおなごを好きになったことがあんなさるか?」

 

 

なるほど、そこが違うか。

 

本気で「寝てはさめ.さめてはうつつ、まぼろしの〃」という経験をしたことがない。