こんな夢を見た。
川の土手道を大勢が行進している。
祭りの行列のようでもあるし、お侍さんたちの行列のようでもある。
行進していた人たちの服装は、皆バラバラだったとしか覚えていない。
その中に首から上だけの馬がいた。
首だけでピョンピョンはねながら、行進に加わっている。
行進の直前に馬小屋が爆発して、馬の胴体や脚はバラバラになってふきとんだ。
しかし、首から上だけは原型を保ち、不思議と生きている、
水も飲むし、餌も食べる。
いななきもする。
周りの人の話では、馬は自分の胴体が無くなったことに気づいていないらしいという。

だから、自分が死んだと気づくまでは、生きているだろうということだった。
しかし、馬の首の下になった人達は、見えない馬の脚に踏みつぶされたようになるので、誰も馬の首に近づかない。
夢から覚めて思った。
どこかで、同じような光景を見たことがある。
それはしりあがり寿の漫画。「真夜中の弥次さん喜多さん」の中に出てきた。
江戸に住むホモのカップルの弥次さんと喜多さん。ヤク中の喜多さんに薬を止めさせるために二人でお伊勢さんへ旅立つ。
夢と現、現実と虚構、生と死が入り混じった道中であり、その途中で
首だけになってもすごい生命力で生きる空の守が登場する。
死期を悟った空の守は、死んだら小田原かまぼこになって、弥次さんたちに食べてもらいたいと願う。

最近の漫画は見ないことにしているのだが、しりあがり寿さんの漫画は別である。
才能のある人である。
私が恐いのは、首をスパッと素早く鮮やかに切断された場合、意識も数秒はのこるのではなかろうかということである。
常識的には
「人間の頭部は胴体から切り離された瞬間に、急激に血圧が低下し、または斬首による強い衝撃のために、切断後、すぐに意識を失って即死する。」
ということらしいが、死人に口なしだから、本当かどうかわからない。
今日の絵手紙。

南米湿原の鳥。トゥユユ。

こういう派手な色の鳥がいるというのは、ダーウインの適者生存の進化論だけでは説明できないような気がする。