いつもありがとうございます。ミズです。
このブログにお越しいただき、感謝いたします。
前回投稿した「入院 “ 隔離 ” 生活の大変さ」について、さらに書き加えておきたいことがありますので、この記事でお話することにしました。
入院・療養生活を送る目的は、もちろん、「病気を治して、元通り社会復帰する」ことですよね。
だからこそ、痛みや苦しみにも耐え、ガマンしながら、先生や看護師さんたちの言うことに従うわけです。
とはいえ、それまで送ってきた生活上での “ 慣性の法則 ” というか、ルーティンやクセがありますから。
入院したからといって、すぐに止めれるかと言えば、まあムリですよね。
ムリなんだけど、病院から強制的に止められてしまうので、そこで強いストレスが生じます。
なので、しばらくは、表現は悪いけど “ 禁断症状 ” にひたすら耐えるしかない。
できるだけ早く退院してストレスを発散したいのに、一方で、死にたくはないから発散するのが怖くもある。
変なジレンマですけど、入院治療中の人たちの心境は、実際こんなものです。
前回お話したように、ミズさんも喫煙者でしたので、タバコのガマンがいちばんキツかった。
何度も頭をかすめるタバコへの誘惑、いや、タバコが吸えないことへの不安感、これに耐えないといけない。
気を紛らわせる何かが必要なんですけど、無いんですよね、そんなもの。
何もすることができない状態の入院患者が、それを見つけるのは、とっても難しい。
そこで、「考えない」ことにしました。
タバコのことを考えないためには、別のことを考えることに集中するしかない。
そこで、当時はまだやっていなかったブログを中心にした、今後の自己実現ストーリーみたいなものをノートに書き込んでみました。
その頃よりもっと以前から、ブログのことは気になってはいたんです。
でも、始める勇気が無くて悶々としていた時期に、唐突に入院することになりまして。
なので、「退院したらすぐブログを開設し、記事の投稿をスタートして⋯」みたいなことを書き出しながら、構想を練ることで、タバコを忘れる努力をしていました。
それ以外にも、いろいろと考えること、気付くことがありましたけど。
日常生活を送っている時には、思いもしなかったことばかり。
例えば、食事というものが、人生の幸福の中で、かなり大きな割合を占めていることがよく分かりましたね。
それまでは、出されたゴハンを何気なく食べているだけだったし、食事の度に感動したりは、みなさんもしませんでしょう?
でも、実際の入院食を知ると、違ってくるんですよ。
ミズさんが、絶食期間を終えて、次の回からゴハンが出ることを先生から聞かされた時、本当にうれしかった。
それまでは、点滴していたので、それほど空腹感は無かったんですけど、それでも、食べることへの渇望はすごくて。
病室の近くには、白湯用とほうじ茶用の給湯機がありましたから、お腹が減って夜中に目が覚めると、その度にほうじ茶を飲んでましたね。
それで、待ちに待った待望のゴハンなんですが。
「小さな茶碗に半分程度の重湯と梅干しペーストひとつ」だけでした。
久しぶりの食事なのに、コレだけかい⋯。
絶食明けの食事、しかも消化器系の手術後初の食事ですから、まあ仕方ないのは分かるけどねえ⋯。
他の病室の患者さんにもお昼ゴハンや晩ゴハンがカートに載せて運ばれてきます。
体力を少しでも取り戻すために、よく廊下を歩いていましたが、そのカートの横を通ると、美味しそうなゴハンが目に入って。
その時は、本当にツラかったです。
残してあるのを見つけた時には、思わず食べようかと妄想したくらい。
退院してから初めて食べたのは「納豆ゴハン」でしたけど、それでもとっても美味しかった。
食べ応えがあるし、当たり前ですけど “ お代わり自由 ” でしょう?最高でしたよ。
自宅でユッタリお風呂に入れることにも、本当に幸せを感じました。
お風呂に入るって、「湯船に浸かること」なんだなあと、お湯の中で身体を伸ばして感動したのを覚えています。
病院だと、「1日置きのシャワーのみ30分間」のお風呂です。
30分間あるとはいえ、着替えや髪を乾かす時間を考えると、ゆっくりなんかしていられません。
しかも予約制だから、うっかり忘れると入れない。
それでも、入院中は、お風呂が待ち遠しくて仕方なかったです。
日頃忙しく働いている方々は、たまの休日に睡眠時間がたっぷり取れるとありがたいし、うれしいものですよね。
しかし、それは適度に疲れているから、身体を休めるのがうれしいんであって。
1日中何もすることが無く、ベッドに横になっている生活を送っているだけだと、寝るのがむしろ苦痛だということがよく分かりました。
夜中、何回も目が覚めるんです。
疲れているわけがないし、病院食では足りなくていつも空腹だし。
眠れる幸福というのは、日常生活を送っていればこそのものなんですよ。
それと、人との交流にも飢える、という感覚がありましたね。
女性の看護師さんたちとおしゃべりするわけではないけど、声を掛けてもらい、それに答えるだけでも、嬉しくなりました。
変な、イヤラしい意味ではなくて、です。
もし、看護師さんたちとの言葉のやり取りすら無ければ、1日しゃべらずに終わるかも知れません。
病室は6人部屋でしたけど、仲良く会話したりすることもありませんでしたし、入れ替わりも結構激しいですからね。
この、人に飢える感覚は、入院経験以外で味わったことがありませんでした。
人間、やっぱり独りでは生きていけなくなっているようです。
以上、取り留めのない話になってしまいましたけど。
「普通に生活できるのは幸福なことなんだ」と分かっただけでも、入院したことには意味があったのかな。
今では、そう思っています。
しかし、今後も、病気や怪我で病院のお世話になりたくないのは変わりません。
ツラいのは間違いありませんから。
みなさんも、どうかお身体にはお気を付けてお過ごしください。
それでは、またお会いしましょう。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。